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Author:みつお
オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
別のブログでオードリーグッズの紹介もしています。
リンクで行ってみてください。
なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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さて、前回の続きです

オードリーはなぜ「いつも2人で」でこんなに痩せているのでしょう?
僕の考えでは、実はこの時期にオードリーはメルとの離婚を
決意してたのではないかと思うのです!!
(さあ、ここらへんからゴシップ欄になってきましたよ)

え?でもオードリーがメルと離婚したのは1968年、
別居は「暗くなるまで待って」撮影後でしょ?
って思う方もいらっしゃるでしょうね。
オードリーって、実は体に、その時のオードリーの心が
顕われるのではないかなーと思ってるんですよね。
たとえば「パリで一緒に」なんて、他の人がどう言おうと
僕の持論は“オードリーは「パリで一緒に」を楽しんでいた!”
だったんですけど(Vol.21「パリで一緒に」参照)、
こないだショーンの本が発売されて、僕の考えが正しかったことが
証明されましたけれども、
作品と画像を見て、オードリーがどう見えるかでオードリーの
心理状態がわかるんじゃないかなーって思うんですよね。
じゃあ「いつも2人で」であんなに痩せているのは
オードリーの心労のせいだとしか考えられない!
そこまでオードリーに負担をかけることって、
当時ではメルとのことしかないんですよね。
たしかに「いつも2人で」撮影前に
オードリーはまた子供を流産してますけど、
「戦争と平和」の時も、「許されざる者」の時も流産したあと、
オードリーはそこまで痩せてないんですよね。
おそらく、子供が生まれることによって
メルとの絆も取り戻そうと思ってたオードリーは
この流産後に離婚を具体的に考え始めたのではないかなー
なんて思ってるんですけどね。

オードリーって、「いつも2人で」の音楽をヘンリー・マンシーニに頼む時に
“今までで一番いい脚本です。”って手紙を出してるんですよね。
結婚12年目の夫婦の危機…。
「いつも2人で」の撮影は1966年4〜9月ですから、
1954年に結婚したオードリーはまさに結婚12年目!
おそらく僕らが考える以上にオードリーはこの作品に自分を
見い出してたに違いないと思うのです。
映画の夫婦は絆を取り戻すけれども、
私達はもう取り戻せない…。
そう思ってたんだろうなーって。

当時、「いつも2人で」撮影中の現場に行った批評家の話では、
“オフスクリーンのオードリーはシワだらけだった”って書いてるんですよね。
“ところがカメラの前に立つと別人のようにきれいになる!”って。
「暗くなるまで待って」の時はどうでしょう。
小森のオバチャマがやっぱりオードリーを訪ねてるんですけれども、
その時は“清冽な美しさを増して”っていう印象。
小森のオバチャマはオードリーファンですけど、
こんなに印象って違うもんでしょうか?
しかも小森のオバチャマのインタビューでオードリーが重要なことを述べてます。
“私も睡眠薬やお酒に逃避したことがあったけど、
それでは何も変わらないし、肌が荒れて美容にも最悪。”
これが「いつも2人で」の頃のお話?みたいな。
この発言の前後にはこんなことも言ってます。
“周りが何と言おうと、断固として雑音ははねつけること。
でも努力しても無駄だと見極めたら諦めるという決意をすること。”
だからおそらく「暗くなるまで待って」撮影中には
もうオードリーの中ではメルとの関係を“諦める決意”は既に
終わっていたんじゃないのかなって。
吹っ切れたオードリーはまた本来の美しさを
取り戻していたんだろうな〜って。

「いつも2人で」でのびっくりするくらい美しい写真。
これ、メルと並んで笑っている画像なんです。
以前はメルがいるから美しくなれてるの?
なんて思ってたんですけど、
ショーンの本とこないだのオードリー展の図録でさらに秘密が判明!
ショーンが撮影現場に行ったのは(ショーンの記憶では)
「いつも2人で」が最初だそうなんです。
確かに水着のオードリーの前にいるショーンの画像。
それと、びっくりな美しさの画像とおそらく同じ時に写したと思われる
別の写真がショーンの伝記と図録で各1枚ずつ、計2枚掲載されてるんです!
オードリーのTシャツも、メルの黒いポロシャツも一緒。
(ショーンの本と図録では本来1966年であるはずの所を、
1965年と間違って表記してますけど)
1つはショーンの伝記にあるメルと並んで桟橋を歩くオードリー、
これはどうってことないんですが、
もうひとつは図録に載っている堤防らしきところで
ショーンを抱きしめるオードリー!
この画像、オードリーの顔はまったく見えないのに、
なぜだか圧倒的な力で僕に迫ってくるのです!!!
だから、あの美しさはメルのせいではなく、
ショーンがいるせいじゃないかと思うんですよね。

でも、それまでの作品ではショーンがいなくても撮影していたオードリー
(「噂の二人」の時には連れて来てますけど、
あれはまだ赤ちゃんだったからですよね)、
なぜ「いつも2人で」だけショーンを連れてきてるんでしょう?
もちろん撮影が夏で、ショーンが夏休みだった、ということもあるでしょうが、
同じ夏に撮影のあった「パリで一緒に」はそうではないですからね。
それにだいたい、まだ1966年撮影当時はショーンは4〜5才だから、
夏休みは関係ないような気もしますしね。
だから、ショーンがいないとダメなほど
実はオードリーが悩んでいたのではないかと…。
あのショーンを抱きしめるオードリーが
ものすごいインパクトを僕に与える理由は、
オードリーはメルと別れてショーンの為に生きる決意をした!
のではないかと、そう思うんですよね。
その時に決意したのではないにしても、
その写真でのオードリーにはそういう思いを見て取れるんです。

「いつも2人で」の時に悩んで悩んで、
そのことにうちひしがれたオードリーが、
「暗くなるまで待って」の時には既に離婚することを自分に納得させて、
もうどうにもならないメルとの関係を、“諦める決意”をして、
そこからまた立ち上がっていったんじゃないか、
「いつも2人で」の画像を見るとそう思うんですよね。
「いつも2人で」の宣伝写真の数々は当時のオードリーの
心の痛みを映しているのではないか、
そんな気がして仕方がないんです…。

2004年7月13日 改訂2004年8月24日
今回は「いつも2人で」の陰に…というお話。ちょっとゴシップ欄みたいですが…。

オードリーの画像を見ていて思うことなんですけど、
よく「いつも2人で」の画像にオードリーが痛々しい物があるんです。
映画では全然痛々しくなんかないのに、ポートレートは痛々しい。
「いつも2人で」のパンフなんて、その痛々しいカラーのオードリー大集合!
なんですけど、これ、以前は“写真うつり悪いのばっかり選んで!”
なんて思ってたんですよね。
まあ、確かにそうなんですけれどもね。
全部が全部「いつも2人で」が痛々しいわけじゃなく、
「いつも2人で」の画像でもビックリするくらい美しいのも
たくさんありますしね。
そんな美しいのから選んでくれたら、「いつも2人で」の印象も
大きく変わるでしょうしね。
あとに残るパンフの画像がこれじゃあねえ…。
一番好きな作品なのに、パンフの画像の選び方は最低の部類ですね。
この「いつも2人で」のパンフの画像の悪さには
複数の人から同意見が出ています。

もとに戻って、大好きな「いつも2人で」の画像なのに、なんで自分は
“痛々しい”なんて感じてるんだろうなんて思ってしまいました。
で、どんな風に「いつも2人で」の画像は痛々しいのか…
自分が何に痛々しいと感じているのか分析してみました。
でも、次の「暗くなるまで待って」の画像は
全然痛々しくないんですよね。この違いはどこに?
撮影してるカメラマンが違うから?
いいえー、そんなことではないと思うんですよね。
実は「いつも2人で」の画像はオードリーが老けて見える画像が多いのです!

じゃあ、「いつも2人で」が痛々しいのは老けて見えるから?
いいえ〜。別に「ロビンとマリアン」の画像を見ても、
「華麗なる相続人」を見ても痛々しくはないので、
そこに原因があるんじゃないんですよね。
「おしゃれ泥棒」なんかでも目の下にくっきりシワが写ってる画像が
いっぱいありますけど、むしろチャームポイントになってるくらい。
「おしゃれ泥棒」はシワごと含めてかわいい〜!んです。
で、「いつも2人で」前後の2作品、「おしゃれ泥棒」と「暗くなるまで待って」
の画像と「いつも2人で」の画像とどこが違うのかさらに考えました。
そしたら!
「いつも2人で」のオードリーが前後の2作品と決定的に違う所、
それはオードリーが痩せているのです!

オードリーが痩せてる?
そんなの当たり前じゃん!って思ったアナタ、そうじゃないんです。
オードリーもオードリーなりに結構痩せたり太ったりしてるんですよ!
「ローマの休日」撮影以前の1950年前後のオードリーはちょっと太めですし
(と言っても、オードリーの基準からしたら、ですけどね)、
メルと結婚した頃の1954年の画像ではかなり痩せてます。
「戦争と平和」は普通ですけど、「パリの恋人」はぐっと痩せてる。
で、「昼下りの情事」のあとの「マイヤリンク」から
「許されざる者」はまたちょっと太ってる。
ショーンを産んだあとの「ティファニーで朝食を」ではまた痩せてて、
「パリで一緒に」〜「マイ・フェア・レディ」では普通に戻ってる。
で、「おしゃれ泥棒」でまた少し痩せてるんですけど、
「いつも2人で」はさらに痩せてる!
痩せてると言うか、やつれてる!
きっと、だから痛々しいんですよね。
おそらく、ここまで痩せたのは結婚後初めてじゃないでしょうか。
「暗くなるまで待って」が痛々しくなく、とっても美しいのは
オードリーが普通に戻ってるからなんですよね。

先に書きましたけど、「いつも2人で」のパンフ、
オードリーがパコ・ラバンヌのディスク・ドレスで踊っている写真なんか、
腕の骨が見えてるくらいなんです。
真ん中の見開きには目の下にも口の横にもシワがくっきり。
やっぱり痩せすぎですよね。
他の「いつも2人で」の時期のオードリーの写真もみんな痩せすぎ。
首も細くなりすぎて、骨が浮き出してます。
こんなに細くなったオードリー、どこかで他にも見ました!
それはメルと離婚直後のオードリーなんですよね。
ということは…?

2004年7月12日 改訂2004年8月3日
今回は映画の中でのオードリーの年令について。

といっても、役柄での年令じゃないですよ、
撮影中のオードリーの年令のことです。

初めて「いつも2人で」を見た時、
小学5年生だったんですけど、
その当時は映画ってどうやって撮影されてるのかなんてちっとも知らなくて、
この映画は特に12年の夫婦の軌跡を辿る映画じゃないですか。
だから、本当に12年かけて映画を撮ったんだ!なんて思ってましたね。
11才の少年からしたら、役の上での18才も30才もみんな大人ですから、
なんかちっともオードリーの本当の年令がわかんなかったですね(笑)。
とにかく、後でこの「いつも2人で」のオードリーは
わずか数カ月で撮影されていて、
しかも36〜37才だって知ってびっくりしましたね。
“若い〜〜!!”って。
11才からしたら37才なんてすっごい大人ですもんね。
しかもどっちかっていうとイメージは“おねえさん”じゃなくって、
“おばちゃん”。
まさかそんな“おばちゃん”があんな若く見えるだなんて、
思いもよらなかったですよね。
オードリーの若さに驚嘆しました!

さて、この「いつも2人で」、
オードリーに関する本では“38才で女子大生を演じた”、
「ローマの休日」の場合は“24才で初主演”
などと書かれてたりするんですけど、
そういうのをを読む度、“違うよ〜”って
細かいことなんだけど、ひっかかってしまうんですよねー。
だって本当に違うんです!

オードリーの映画って、端役の時代はともかく、
主演するようになってからはとても丁寧に作られているんです。
さっき撮って、明日映画館で上映されるような
穴埋めの為の粗製濫造映画ではないんです!
撮影後も編集・音楽・宣伝・試写・プレミア、
そして一般映画館での公開時期。
すべてが綿密に練られたプランに従って進み、
やっと完成品が出来た段階で
僕らが映画館で見れるようになるというわけです。
だから、オードリー映画は、制作年度とされている年の
だいたい1年前に撮影されているんですよね。

だから「ローマの休日」は1953年度作品になってるけど、
撮影は1952年の夏。ということは1929年生まれのオードリーは23才。
「いつも2人で」も1967年度の作品だけれど、
撮影は1966年4〜9月。
撮影中に37才の誕生日を迎えたオードリーの為に、
スタッフが用意したバースデーケーキの前に立つオードリーの
画像なんかも残ってます。
ということは「いつも2人で」の場合、36〜37才のオードリー。

「パリで一緒に」は1964年度作品に最近はなってることが多いんですけど、
発売が遅れただけで、実際は1963年度制作作品。
だから撮影は1962年だし、オードリーは33才。
ということで映画で演じているオードリーの年令を出すには、

制作年度の下2桁−30=オードリーの年令

これでいいんです。ほら、簡単な公式でしょ?
これでもう誤った記述に惑わされることはないです!

じゃあ、もうわかりますよね!
1957年の「昼下りの情事」は何才?
1961年の「ティファニーで朝食を」は?
1976年の「ロビンとマリアン」は?

はい!よくできました〜。(^-^

2004年7月30日 改訂:2014年7月29日
ホテルラファエルスイート


今日は宣伝ですけど、昨年、オードリーのクリスマス・ディナーを開催した
神戸のオードリーツアー・プランナーの津屋氏から、旅の御提案です。
(僕もアドバイザーとしてちょっと手伝ってます)


*オードリー・ヘプバーンを訪ねる、ちょっとリッチな
ワンランク上の旅はいかがですか?*


オードリーの愛したスイス・トロシュナ村のラ・ペジブルと
オードリーの眠っているお墓を訪れてみませんか?
そしてオードリーと同じお買い物をモルジュで。
オードリーの展示もありますよ。

イタリアではオードリーがアンドレア・ドッティと暮らした家を見たり、
オードリーが女優全盛期によく出入りしていたホテル・ハスラーを覗いたり、
オードリーがくつろぎに来ていたスペイン階段横のカフェで
ホット・チョコレートもいいですよね。
もちろん!「ローマの休日」巡りも忘れずに。

宿泊は、ハスラーのお隣の高級ホテル、
DE LA VILLE INTERTCONTINENTAL がとてもお得だそうです。
津屋さんによると、ハスラーはレストランの眺めは素晴らしいけど、
昔のオードリーが泊まった頃のクラシックな雰囲気が薄れ、
今は派手でけばけばしい色のお部屋の内装がちょっと…になってるそうです。

または、ナボナ広場裏のホテル・ラファエルは内緒にしたい隠れ家ホテルで
とてもいいそうです。
屋上の360度ローマの景色が見えるテラスレストランが圧巻だとか。
「昨日今日明日」のソフィアローレンの部屋もすぐ近くだそうです。

オードリー作品では最多となったロケ地フランスでの
オードリー映画の足跡を辿る旅、
「昼下りの情事」リヨン駅やアリアーヌの住んでいた家。
「おしゃれ泥棒」のニコルの家の跡地、オードリーが忍び込んだ博物館。
「パリの恋人」と「いつも2人で」の両方でロケ地となった
“Château de la Reine Blanche”。
「パリで一緒に」のシャイヨ宮や「シャレード」のパレ・ロワイヤル。
その両作品でのロケ地、シャンゼリゼ公園と人形劇に切手市。
まだまだパリのロケ地はいっぱいありますので、お好きに組んでください!


それに「マイ・フェア・レディ」ではセットでしたが、
英国で本当のアスコット競馬場を見るのもいいかもしれません。
オードリーが初期に出演した舞台の「タルタルソース」や「辛いソース」の
Cambridge Theatre へ足を延ばしてもいいかも。

別にオードリーでなくても、
あなたの行きたいところをセットしてヨーロッパを回れます。
大きな旅行会社では出来ない、あなただけの自由な旅を
ツヤタビ(津屋の艶のある旅?)で組んでみませんか?


なおツヤタビでは、パリの最上級ランクの格付けのパラスホテル、
ホテル・ル・ブリストル・パリ(Hotel Le Bristol、すぐ上の画像)では、なんと!
1泊からでもお部屋を必ずグレードアップする約束と朝食が無料という特典があります。
これのできる旅行会社はなかなかないとのこと。
なんか、パリの高級ホテルの朝食は、一人6000円程するそうですよ!
そんなミシュラン三つ星レストランで豪華な朝ご飯はどうですか?
ホテル・ル・ブリストル・パリはウッディ・アレンの2011年の映画
「ミッドナイト・イン・パリ」のロケ地でもあるそうです。


同じパラスホテルの称号をもつホテルでは、
今大人気でトリップアドバイザーのサイトでも1位の
ロワイヤルモンソー・ラッフルズ パリ(上の画像)なら、
もう少し部屋のお値段も下がるようです。
ここの朝食は、マカロンで有名なピエール・エルメが監修したもので、
ここでしか食べられないパリで1位をとったクロワッサンなど
豪華なビュッフェが楽しめます!
それも3泊以上なら朝食が無料にしてもらえる特典付き!

他に、オードリー・ファンなら行ってみたいオードリーの定宿、
ホテル・ラファエル(一番上の画像です)でも
お部屋が空いてさえいれば、やはりこちらもワンランクグレードアップ!
余裕のある方は、ここのジュニア・スイートが
猫足のバスタブとリビングルームがついた
オードリーが泊まった頃の雰囲気を残しているお薦めの部屋だそうです。
さらにNHKのTVでも放映されたスイートルームもあります。

でもオードリーは、自分から高い部屋を予約することはなく、
意外に普通の部屋に泊まっていたようです。
さすがに彼女の質素な感覚が出てますね。
ま、ホテル側が最低でもジュニアスイートにアップグレードするそうですけどね、
やっぱりオードリーは上得意様ですもんね。


ツヤタビでは、他にイタリア、オランダ、英国などのホテルでも
色々な特典が可能だそうです。
業界30年の経験と、実際に世界各地に旅している津屋さんだからこそ
できるワザなので、どうぞ安心して相談してください!
津屋さんは、これまでプロの旅行会社のコンサルティングもされています。
(JALPAK,近畿日本ツーリスト、JR大人の休日、旅工房、代官山Tトラベルなど)

オードリーに限らず、映画の舞台を訪ねる旅、優雅なホテル旅行、
運河クルーズ、LUXURYハイキングなどなど
こだわりの旅をお考えの際は、一度お気軽に連絡をとってみてはいかがでしょうか?


連絡先
Email: tabikobo@nifty.com
オフィス旅工房
津屋 雅彦

です。ぜひ旅行の選択肢に加えてみてください!
オードリーの時代分け その2

第4期は「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」の3本に日本エクスラン・ヴァリーエのカツラの宣伝を足したもの。
年度は66年から72年ぐらいまで。
ここのオードリーは“新しいオードリー”。

「おしゃれ泥棒」で、それまでとはガラリとメイクを変えて、シャープなオードリーになってます。
さらなるオードリーの変化の幕開けを告げていますよね。
ただ、内容的には第1期と第3期を混ぜたようなオードリーなんですよね。
別に自分に不安な訳じゃないけど、自分でも動くんだけれども、でもピーター・オトゥールに作戦は任せっきり、みたいな。

この第4期のオードリーは、次の「いつも2人で」でより明確になります。いままでになかったオードリー!
作品の出来も素晴らしいのですが、とうとうオードリーは“その後のオードリー”を演じたんですね。
「マイ・フェア・レディ」で微妙に出てたけど、そんなに突っ込んでなかった“恋はしたけれど”のその後…。
サブリナが、ジョーが、ホリーが、ガブリエルが、イライザがその後どうなったのか?
その答えの1つがここにあるというわけです。
もちろんこんな展開は第1期のオードリーでは演じることが無理ですよね。
かといって第2期のまず設定がドラマティックなオードリーでもない。
そこにもここにもいるって言う日常の当たり前の女性をさらっと演じることができなければいけない。
第2期で演技力を磨き、第3期で“オードリー映画”を確立した後でないと出来なかった、2期と3期の見事な融合!
4期で見られるのはまぎれもない新生オードリーなんですよね。
「暗くなるまで待って」もまたこの華奢なオードリーだからこそ盛り上がるサスペンス。
オードリー映画の雰囲気は保ったまま、第2期以上の演技力が要求される役柄を完璧にこなしているんですよね。
「エクスラン・ヴァリーエ」も、なんて事のない役(?)を演じているようですが、この第4期の3作があればこそ、わずかなCMの時間内で何かその生き方を感じさせる女性を見せてくれたんだと思います。

第5期は「ロビンとマリアン」「華麗なる相続人」「ニューヨークの恋人たち」(75年から81年)の3本。
これらの作品では、恋愛の仕方がそれまでの女性達とは違いますよね。
年令を重ねてる分、責任という物がそれぞれにある。
「ロビンとマリアン」では尼僧院長、「華麗なる相続人」では財閥のトップ、「ニューヨークの恋人たち」は妻として母として。

その責任と恋愛との間で悩む訳ですよね。
そして恋愛をする時に、なんか自信がないんです、みんな。
何に自信がないかって、自分の年令に対してなんですね。
オードリーは第4期まで、常に自分より若い年令の役をやってた。
それで「暗くなるまで待って」撮影後にいったん家庭の主婦になってからは、引退じゃないんだけど、しばらく映画に戻らなかった。
でも次々脚本は送られて来る。
オードリーがせっかく読んでも、年令よりやっぱり若いものばかり。
オードリーは自分の年相応の役をやりたかったらしいんですね。
そこで重い腰を上げて選んだのが「ロビンとマリアン」。
“やっと私の年令に近い物が来た!”って喜んだらしいんですよね。
「ロビンとマリアン」のノヴェライズにも“オードリーは2年間も辛抱強くオファーが来るのを待っていた”と書いてますし、1974年の「ロードショー」にも“オードリーがこの作品に出たがっている”と記事が載っています。

で、その後もそういう年令の設定。その上でのラブストーリーだから、そしたら、“私は今は年をとってしまった。そんな私でいいの?”という過程が入って来る訳ですね。

自分は若くて魅力的な女性!という認識をそれほど持たずに、知らず知らず女性の魅惑を放射していつの間にか男性をホレさせていた第3期とは違うのがここです。
恋愛に対して第5期の女性はちょっと臆病なんです。
でも、第1期の女の子みたいに自分の生き方がわからない、というのとはまた違うんですよね。
生き方に対してはきちんと成長した女性だから、鈍感で気付かない、あるいは煮え切らない男達に対して、自分から言う強さも持ち合わせている。
「ロビンとマリアン」では“ロビン、抱いて。20年分抱いて!”「華麗なる相続人」では“あなたの事が好きなの!気付かないの?”「ニューヨークの恋人たち」では“あのロフトで私を奪って!”みんな積極的な大人の女性ですよね〜(笑)。
だからここは“大人のオードリー”。

第6期は、「おしゃれ泥棒2」「オールウェイズ」「オードリーの庭園紀行」(全8巻)の3本(87年から92年)。
ここは“超越したオードリー”。
もうここでは恋愛とあんまり関係ないんですね。
じゃあ「おしゃれ泥棒2」は?あれって恋愛でしょ?
うーん、そうなんですけどねー。どう見てもオードリー演じるキャロラインが恋愛に積極的だとは思えない。
キャロラインは別にどうでもよさそうなのに、周りが放っておかない!って感じで恋愛話が進むんですよね。
だいたい、最初のシチュエーションも婚約者の為に卵を盗む、ってことになってるんですけど、熱烈にその婚約者を愛してるようにも思えない。
だから婚約者の裏切りを知ってヨヨと泣き崩れるんじゃない。だって恋愛に嵌ってないので、自己が崩壊しないから。
それを知ったとき、キャロラインは怒るんです!

「おしゃれ泥棒2」がまだラブストーリーになってるのはオードリーがぎりぎりユニセフ活動前の作品だからかもしれないです。
この第6期は、女性は女性なんだけど、なんかもう性別の部分を越えてる感じがするんですよね。
だから「オールウェイズ」は天使だし、「オードリーの庭園紀行」は世界の庭園のナビゲーター。
もともと「オールウェイズ」のハップの役は「ロビンとマリアン」の共演者、ショーン・コネリーにスピルバーグ監督は依頼したそうですしね。
人にこだわってるだけで、男女にこだわってる訳じゃないでしょ?
だから「オールウェイズ」も「オードリーの庭園紀行」も人を導く、という役目なんですよね。
ほら、オードリーの晩年のユニセフでの活動になんとなく近いじゃありませんかっ!

それに、83年の日本初来日時のジバンシィのショーで本物のオードリーを見たときとか、85年や87年にアカデミー賞のプレゼンターをやっているビデオを見ると、本人は自覚無いみたいなんですけど、“ただものじゃない!”感のオーラが尋常じゃないんです!まさに超越していました。

オードリーには変身ものが多いとよく言われますけど、作品は類型的な物が多いという意見もよく目にします。
でも、同じような役しか出来ないで消えていった俳優、逆にあまりにも違う役柄に挑戦し過ぎてファンの離れていった俳優のなんて多いことか!
こうやって見て来ると、イメージを保ちつつも、オードリー自身がこうして時期時期に自分の分をわきまえた範囲内で変身してきたことによって、伝説の映画スターのトップたりえたんではないのかなーと思うのです。

2004年7月21日 改訂2014年6月26日
オードリーの時代分け その1

えっと、以前から僕の文章で、“「尼僧物語」は第2期のチャレンジ・オードリー”とかって書いてるんですけど、これについての説明をしてないので、今回はこのオードリーをいくつかの時期に分けて考えてる、というのの説明を。

オードリーファンに関しては約10年ごとに区切ってて、これはVol.25の“昼下りの事情”のところで書いてるんですけど、ここはオードリーの映像作品について分けてみたいと思います。

まずは「オランダの7つの教訓(オランダに関する7章)」「素晴らしき遺産(天国の笑い声)」「ひと粒の野生のカラス麦(若気のいたり)」「ラベンダー・ヒル・モッブ」「若妻物語」「初恋」「モンテカルロへ行こう」「モンテカルロ・ベイビー」の8作品、年代は1948〜1951年。
ここはオードリー端役時代でオランダ・イギリスの作品ですよね。
“オードリー以前のオードリー”という感じですかね。

次は“第1期”。この時代はういういしいオードリーの時代ですね。
「ローマの休日」「麗しのサブリナ」「戦争と平和」「パリの恋人」「昼下りの情事」そしてテレビ映画の「マイヤーリング」の53年から57年の6本(撮影は52年から57年)。アメリカに渡ってからの作品群です。

たま〜にここに「緑の館」を入れる人がいるんですが、これは撮影順からしても、映画の制作の仕方からも明らかに違いますね。

この時期のオードリーのキーワードは“夢見るオードリー”です。
新人オードリーをいかに売るか、これが映画制作の基本になってますね。ストーリーはほとんどが女の子が憧れる夢のようなラブストーリー。
途中でオードリーの役がいろいろ動こうとも、最後は男の方から手を差し伸べて、ハッピーエンド、というものが多いです。
ここでのオードリーの演じる役柄は、自分の生き方がまだはっきりわからない少女、なんですね。だから普段と違うことに憧れてる。

「ローマの休日」では庶民の娘のように振る舞いたいと思ってるし、「麗しのサブリナ」ではパリで変身してみせる。「戦争と平和」では戦争に憧れてるし、駆け落ちもしようとする。
「パリの恋人」では共感主義なるものにかぶれてるし、「昼下りの情事」は疑似恋愛でプレイガールになってみせる。
「マイヤーリング」では皇太子に夢中ですけど、本当の恋というよりも “恋に恋して” 状態。
みーんな自分に対して自信も持ってないし、心の中ではとっても不安な女の子。
だから、状況は違えど、どれも“本当の私”探しのストーリーになってるんですよね。
だからだいぶ年上の男性に守られて、“ああよかった!”ということになってる。
“これで私の居場所が出来た!”と思って、安心できてるんですね。

その次の“第2期”のキーワードは、“チャレンジオードリー”。
1期の映画をすべて成功させて、女優としてハクのついたオードリーが、“女優として私にどんなことができるのかしら?”って感じで挑戦した作品群。
「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」の59年から60年の3本(撮影は58年〜59年)。
なぜかこの時期のオードリーは顔がふっくら。
「尼僧物語」なんて、目の下に隈を作ったりしてやつれているにもかかわらず、やっぱりふっくら。

作品としては、オードリーにはかなり異色な作品が並びます。
「尼僧物語」は後のオードリー自身を予感させる演技派への挑戦。
「緑の館」はオードリーの妖精としてのイメージを究極まで押し進めた作品。
「許されざる者」はその出生の秘密で話が展開するキャラクターを演じてます。

1期と2期の過渡期的な意味合いもある「マイヤーリング」にもその感じはありますね。
「マイヤーリング」は旦那のメル・ファーラーとセット売りでどうなるかをチャレンジ。

ここではどのオードリーも、一般人ではないんですよね。
オードリーの演じる役柄がすべてドラマティックに設定されています。
第2期の女性達も本当の私探しのストーリーにはなってるんですけど、「尼僧物語」はそのまんま尼僧、「緑の館」は動物と話のできる妖精のような少女、「許されざる者」では白人に育てられたインディアンの娘、という風に、あなたの隣にもいるよ、という女の子では全然ないんですよね。「マイヤーリング」も許されぬ恋に悩む皇太子の恋人だし。
普通は知り合いにはいない女の子、あるいは女性なわけです。
ここが明確に他の時期と違います。

でも、ある意味これがこの時期の弱い部分でもあります。
オードリーもまだそういう “普通じゃない設定” に頼ってるというか、そういう役であることで演技に気持ちを入れることが出来ているというか…。
それに普通の人である多くの観客の側からも “自分とは大きくかけ離れた設定” に感情移入しにくいんですよね。
この時期の作品がリバイバルに恵まれないのは、その辺にも理由がありそうです。
それに、オードリーの作品としては地味な部類ですしね。

第3期は61年から64年の「ティファニーで朝食を」「噂の二人」「パリで一緒に」「シャレード」「マイフェアレディ」の5本。
「ティファニー」と「噂の二人」は特異な設定という意味で第2期と重なってもいるんだけど、オードリーの顔・髪型などから判断して第3期に。

というか、「ティファニーで朝食を」がオードリーの区切りを決定してますよね。
この時期のキーワードは“動くオードリー”です(Vol.2参照)。
ここで「ティファニーで朝食を」についてはどうしても触れないわけにはいかなくなるんですが、もちろん高級娼婦なんて、オードリーにしたらチャレンジ以外の何物でもないですよね。
そしたら第2期の作品になりそうなんですが、完成した作品では“まるでもぎたてのレモンの香りがするような”などという形容でわかるように、娼婦というどろどろしたものをすっかり洗い流して清潔感溢れるオードリーになってます。
そして“オードリー映画”というものを確立してる!

第2期のオードリーはチャレンジして、そしてその役になりきる、ということでしたけど、「ティファニーで朝食を」はチャレンジして、オードリーの作品に作り替える、ということになってますよね。
原作なり脚本なりで創造されたキャラクターを越えて、オードリーの魅力が溢れ出して来るんですよね〜。
たとえば、「マイ・フェア・レディ」も舞台ではジュリー・アンドリュースの作品であったにもかかわらず、オードリーなくしては考えられないエレガントなイライザに消化&昇華されてしまっている!
「パリで一緒に」や「シャレード」もオードリーが動くことによって、その魅力が眩しいほどに輝いています!

だから、「ティファニーで朝食を」は第2期のオードリーの流れでありながら、第2期の終焉を高らかに告げている、という不思議な作品です。
これが「ティファニーで朝食を」がオードリーの当たり役だと言われる所以ですよね。
言葉で表わそうとすると説明が大変なんですが、“このオードリーはなんか違うぞ!”ってみんなが思ったってことはアカデミー賞のノミネートやイタリアのダヴィッド賞の受賞が示してますよね。

さて、同じ夢のようなラブストーリーでありながら、第3期が第1期と決定的に違うのは、第3期の女性はすでに自己と言うか自我というかを確立してる女性なんですね。
バックグラウンドはそれぞれ違うけれど、みんなそれぞれ一定の人生を歩んでる。
「ティファニーで朝食を」はドクによって、「パリで一緒に」のガブリエルは自分で過去の話をしますけど、決してみんな自分の過去を恥じてるわけじゃない。
ホリー・ゴライトリーも別に自分の過去を恥じてルラメイ・バーンズであることを隠してる訳じゃない。
自分で生き方を選んでるから、なんですよね。

だからみんな第3期の女性は自分(あるいは自分の過去)に不安じゃない。
「噂の二人」のカレンも、いくら周囲になんと言われようとも、自分というものはきちんと持っている。
だからこそ一番心細い時なのに婚約者と決別出来るんですよね。
「シャレード」のレジーも、不安なのはダンナに対してで、自分にじゃない。
第3期の女性はみんな前を向いて生きてるんですよね!
3期のオードリーは、すべて最後は自分で進むべき道を選んでいます。

2004年5月10日 改訂2004年8月31日 再改訂2014年5月10日 再々改訂2014年6月26日
最近のオードリーって、50年代の画像中心で、しかも元々はカラー画像の物までモノクロ化されて世に出回っています。
そしてレトロやノスタルジアを目指した売り方がなされているんですよね。写真集でも広告でもそう。

でも僕はそういうのはあまり好きじゃないんですよね。
オードリーを過度に過去の人扱いするのは、新しい若いファンを作るためには、むしろ逆に大きな妨げになってきていると僕は思ってます。

その扱いって、“オードリーいいね、懐かしいね…”って観点でばかり見て使用しているような気がするんですよね。これって僕ら以上の古い世代がそれ以上に古い世代に向けて発信しているだけなんですよね。
極端でヒドい言い方をすると、いわば老いた世代の独りよがり、単なる自己満足での完結、ってとこでしょうか。

あまりにも昔の人扱いにすると、僕らの世代がサイレント映画のスターを見るような遠い目で、今の若い人がオードリーを見るんじゃないのかなー。

最近リバイバルされた“スクリーン・ビューティーズ”(「ティファニーで朝食を」「パリの恋人」「麗しのサブリナ」)や初公開の「マイヤーリング」での劇場での高年齢な客層を見て、ますますその思いを強くしました。

実際オードリーが活躍してた頃から50年経った訳ですし、僕がオードリーを好きになった時代から50年くらい遡ると完全にサイレントスターですから、オードリーを過去に追いやれば追いやるほど、若い人には縁遠くなってもしかたないですよね。

しかもこの50年代の画像中心の何でもかんでもモノクロームでの売り方…日本が最初に80年代後半からスタートさせて、オードリーの死後、ネットの普及と共に爆発的に世界中に広がっていったものなんですけど、そこからぜんっぜん進歩してない。日本ではもう30年もこのやり方。僕は正直飽きました。
(海外でオードリーが亡くなった前後はというと、カラー中心で「シャレード」あたりがメインでした。)

広告や宣伝でも“このやり方が鉄板!”といわんばかりの50年代のオードリーのモノクロ(あるいはモノクローム加工された画像)ばかり。
デザイン的にはめっちゃ安易で無難な方法。

アゴを引いて口を閉じたオードリーがこちらをキリッと見つめるものばかりですよね~。
作品は「ローマの休日」「麗しのサブリナ」そして「パリの恋人」。
たまに「ティファニーで朝食を」。

若いデザイナーやコーディネーターとか、しかも全く違う人がいろんなオードリーの広告を手がけてるんでしょうが、結果は判で押したように同じ画像を使用した、同じものが次々と出来上がっています。
誰がデザインしても無個性なものばかり。

きっと上司の人やクライアントもそれでOKを出すんでしょうし(というか、そういうのにしかOKを出さないのかもしれません)、若いデザイナーでも過去に倣って無難な(そしてありきたりな)広告を量産してるんでしょうね。

80年代後半にはその売り方は新しい試みで、実際オードリーを特集すればバカ売れする!ほどの一大ブームが巻き起こったほどだったですし、オードリーが生ける伝説となるきっかけになったことは間違いないです。

でも、そんなワンレン・ボディコンだった時代から30年も全く同じやり方…ってどうなんでしょうね?
80年代後半〜90年代前半の再ブーム時にオードリーのファンになった方でも、今や30代半ば以上。劇場での高年齢層ばかりのお客さんを見ると、“新しいファンは作れていない!”と思っちゃいますよね。
これでは将来的にはジリ貧になっていくのは目に見えています。

2008頃にあった60年代ファッション再来の時(安室奈美恵とかのMVでも「おしゃれ泥棒」ちっくだった)や、昨年(2013年)の春夏のモスキーノでのそのものズバリのオードリーの「いつも2人で」にインスパイアされたファッションとかが出てきた時って、60年代の新鮮なオードリーをもっとアピールして新しい道が踏み出せたはずなのに、どこもそれをしなかった。

いろんな会社で使い古された画像じゃなくて、どこも使ってない見たことも無いような画像で、しかも時代の流行にも乗って、新しいオードリーをアピールするにも、他社との差別化を図る上でも願ってもないチャンスだったはずなんですけどね。

60年代後半になって、「おしゃれ泥棒」での鉄兜型帽子のオードリーや、「いつも2人で」の映画で見せるビニール素材やアルミ素材の衣装、派手な柄のミニの衣装などは、実は若い女性からもカワイイ!と言われている物なんですけどね~。

そういう衣装で、動きがあるポーズをしているオードリーが口を開けて大笑いしている…なんて、めっちゃいいじゃないですかー!
オードリーがちょっと年がいってて(36〜37才)、シワがあるのは今の技術では簡単に画像の修正が出来るはずですしね(実際最近の写真集では修正されている)。

今年(2014年)製作50周年の「マイ・フェア・レディ」での写真も、衣装は優雅だし、オードリーは修正をかけなくてもいいほどに若くて綺麗だし、それもいいですよね。個人的にはオードリーがベストに美しい「パリで一緒に」のライト・グリーンの衣装やピンクの衣装もいいですね〜。

本家のオードリー・ヘプバーン財団も含め、広告代理店やデザイン事務所やクライアントも、もっと新しいイメージで、若い世代を巻き込んで取り込んで行く方向に早く舵を切らないと、気がついたらオードリーは商業価値のない、ただの伝説の名前になっているような気がするんですよね。

…とまあ、今回は勝手な自己満足の妄言を書かせていただきました。(^^;A
今日はオードリーの85回目の誕生日です。
そこで以前から気になっていたことを書きます。

オードリーって実生活では母性の強かった人でファンには知られていますよね。
「暗くなるまで待って」の後で、オードリーは子育てに専念する為にしばらく映画界を退いていますし。

でも映画では、オードリーはなんと3回しか母親の役を演じていません。
「モンテカルロへ行こう(モンテカルロ・ベイビー)」「いつも2人で」そして「ニューヨークの恋人たち」。

でも初期の「モンテカルロへ行こう」は赤ちゃんがいなくなるというドタバタ喜劇で、オードリーは母親でありながら、母性はあまり必要とされていない。そのうえまだオードリーも若いし、実際には母親になってないので、母親らしさは皆無。

「いつも2人で」はさすがに実際の母親になってからなので、せっかく作った砂のお城を壊された娘を思い遣るシーンは巧いのですが、子役があんまり気にしてなさそうなのがネック。(^^;
それにあくまでもこれは夫婦の話なので、あまり子供に重心は置かれていない。

「ニューヨークの恋人たち」は子供と歩くシーンがありますが、まあこれも子供がいるんです、っていう設定を見せてるだけで、話の筋では飾りみたいなもの。

なので、あんまり子供との関わりってのがないんです。映画では。
「噂の二人」が学校を経営している教師の役なので、子供は出てきますけど、これも母性が見れる作品では無いですしねー。

過去にオードリーがオファーを受けながら断ったらしい作品を調べると、子供との関わりの大きいものも無かった訳ではなさそうなんですよね。
たとえば「サウンド・オブ・ミュージック」。他に子供と大きく関わる作品が無いので、オードリーが演じたらどうだったんだろう…っていうのがあんまり想像できません。

他にも、1959年の「月夜の出来事」というケーリー・グラントのロマンティック・コメディ映画で、映画評論家の大御所だった双葉十三郎氏が “これはオードリー・ヘプバーンの為に用意されたのではないか?” と書いておられます。
妻が死んで3人の子供を持て余しているところにソフィア・ローレンが現れて子供たちと仲良くなり、グラントと結ばれる…という役らしいんです。が、ソフィア・ローレンだとアクが強く、微笑ましさがない。オードリーだったらもっとキュートになったろう…と述べてらっしゃるんですよね。
もっともその時期のオードリーは「尼僧物語」「緑の館」「許されざる者」と、演技も出来る事を見せようと、真面目な映画にチャレンジしていた時期だったので、オファーがあってもコメディには興味なかったのかもしれません。

逆にオードリーにお母さんのいた役ってのもほとんどありません。実の母は「戦争と平和」1本だけ。あと「許されざる者」では育ての母がいますが…。
父子家庭なら「麗しのサブリナ」「昼下りの情事」「尼僧物語」「マイ・フェア・レディ」「おしゃれ泥棒」と5本もあります。「華麗なる相続人」でも冒頭で父が亡くなりますが、母は既にいない設定なので、計6本になりますよね。

実際には父と離れて母子家庭だったオードリーですけど、このお母さんがかなり厳格にオードリーを育てたそうで、一般に想像するような優しい母のイメージでなかったことはファンの間では有名。
オードリーの伝記でも、母エッラは他の人といる時はとても気さくで明るい人柄なのに、オードリーに対しては別人のようで、とても厳しかったそう。オードリーもそれを苦痛に思ってたフシがあるんですよね。でもエッラは本当はオードリーを物凄い大事に思ってたんだろうなー、大好きだったんだろうなーって思います。エッラとオードリーにとって残念なことに、エッラは愛情の表現の下手な人だったんでしょうね。

ま、そのおかげで友人たちが知る自分を律するオードリーが形成されたんでしょうが、このオードリーの持つキリッとした感じが、演じるにあたっても母子家庭の子というよりも、父子家庭でお母さん亡き後、家の事一切をこなしてきた健気にお父さんを支える娘、という方がピッタリだったんでしょうね。

現実では母の(目に見える)愛情を受けなかったので、自分の子供には思いっきり母の愛情を注ぎたい!というのがオードリーの願いだったようです。
やがてそれが “映画に出ていると子供との時間が減ってしまう…” という思いに変わっていったようで、「いつも2人で」や「暗くなるまで待って」の頃のインタビューでは既に映画よりも子供といる時間を大事にしたいという発言をおこなっています。

後年ヴィスコンティが「家族の肖像」で、ピーター・ボグダノヴィッチが「カーテンコール/ただいま舞台は戦闘状態」でオードリーに依頼したような、年下の男と関係を持つ、などというオードリーのそれまでとあまりにかけ離れた、かつオードリーが演じたがらない役柄ではなく、オードリー自身に有り余っているような母性を演じるような、楽しいor真面目な役のオファーがあったら、もしかしたらオードリーも出演に快くOKを出したかもと思うんですよね。

でもなんで、そういうオードリーに不向きな役を監督たちもオファーするんでしょうねー。オードリーの性格からして、そういうのはもう依頼する前から受けないとわかりそうなもんですけどねー。まあ70年代という時代の映画が、オードリーらしさなど求めていなかったのかもしれないな〜とは思うのですけれども。

結局そういうオードリーの溢れる母性は、晩年のユニセフの行動に繋がっていって、“世界中の子供たちを救いたい!”と訴えるようになっていくんですよね。
その思いは今でも“オードリー・ヘプバーン子供財団”が引き継いでいるわけですけれども。

もし後期にそういう母の役があれば、ファンには実生活でのオードリーが息子たちにどんな風に接していたのかが垣間見えたかもしれませんし、「ロビンとマリアン」に続いての後期の代表作が出ていたのかも…なんて思って、ホントにもったいないな~と思うのです。
「踊り明かそう」

さて、最初に書いたように、この作品をオードリーの最高傑作!
と呼ぶのには(僕は)なんのためらいもないのですが、
個人的に言わせてもらうと、大使館での舞踏会が終わってから、
ちょっと退屈します。
イライザのお父さんの「時間通りに教会へ」のナンバーなんか、
これが大作でなければカットされるでしょうね。
見ていて楽しいけど、本筋とは関係ないし。

初めて見た中学生の時なんかは、女心がわからなかったもので
(まぁ、今でもわかっているかどうか疑問ですが…)、
大使館でのあと、なんでイライザがあんなに不満なのかわかりませんでしたね。
花売り娘の時代のイライザなら、
きっとあの場で、“私のおかげよ〜!”ってな感じで
ノー天気に真ん中にしゃしゃり出て行きそうな気もするのですが、
“私はこれからどうすればいいの!”って泣き崩れますよね。
言葉使いと共に、内面まで変わっていってるんですね。
強烈に自我が目覚めてます。
それと、ここ、意味深なこと言いますね。
“昔は、花は売っても体は売らなかった。レディになった今は、体しか売る物がない!”
おっとー!文字通り、体を売るわけではありませんけれど、
貴婦人ってそう言われれば…って思いますねー。
もちろん、シンデレラ・ストーリーですから、ここは軽く流していますけど、
これは原作者バーナード・ショーの皮肉が入ってるんでしょうか?

僕が退屈になるのはこんな所にも原因があるのかもしれません。
「素敵じゃない?」を歌っていた下町では
みんな貧しいけど、“いつかは!”って夢がある。みんな笑顔で生活してる。
でもその夢の世界に入ってみると、ガチガチに決まりごとなんかがあって、
お世辞でくるんだ作り笑い。しかも、“売るのは体だけ”。
うーん、前半は周りの人達が洋服は汚いけど、活き活きしてるんですが、
後半に出てくる上流社会では、洋服は華やかなんですけど、みんなの表情は硬くなるので
そのへんに僕にとっての原因があるのかもねー、なんてね。
だって、前半は、そういう上流社会に紛れ込んだ
下町のイライザの反応が面白いわけでしょ?
そのイライザが上流社会に溶け込んじゃったら、
普通のお硬いお話だし。
だから後半は“こんなのになりたかった訳じゃない!”
ってお話なわけでね。

ここでもう1歩突き詰めると、イライザは古巣に戻ろうとはするんですね。
家出ということで、もとの花を売っていた場所(コヴェント・ガーデン)に戻ってる。
でも、ここでもレディ扱いされて、だーれもイライザだって気付いてくれないもんで、
諦めてフレディとヒギンズ夫人の家へ。
で、結局イライザは“夢はあるけど、なかなかそうもいかないお気楽な下町暮し”
よりも、自分で言った“体を売らなければならない上流階級”
に留まることにしてますよね。ま、これは自分で自分の進退の責任をとる!
と決めた、ということでもあるんですが。
言い換えれば“責任のない”暮らしではなく、“自己管理が必要な”暮らしを選んだ、
ということで、これはこれでイライザの成長なんですよね。
貧しい暮らしには戻れるけれど、何にも考えない自分には戻れない、
ということで…。

ここで原作通りに進むと、結局イライザはヒギンズ教授を見捨てて
どこか行ってしまうわけで、原作のバーナード・ショーの皮肉が
たっぷり盛り込まれるわけなんですけど、
さすがにそこはハッピーエンドですよね。
原作(バーナード・ショーの「ピグマリオン」)に関してちょっと述べますと、
戯曲部分はイライザが出て行って終わりなんですけど、
その後にショー自身の後書きみたいな物があって、
イライザはフレディと結婚、
花屋を開くんですが、資金はヒギンズ&大佐持ち。
最初は順調でもやがて行き詰まり、
イライザとフレディは学校へ入り直し。
でも結局花屋としては何の役にも立たず、中退。
ふたたびピッカリング大佐持ちのお金で花屋を開く。
ある程度、人に任せてまあ何とか軌道に。
ヒギンズは、イライザに何か言うと
また反撃されるので、あんまり言わないそうで、
そのかわりイライザはお金を出してもらってるぶん、
今でもヒギンズ教授の身の回りの手配をやっている、
というすごいことに…。

イライザはヒギンズ教授とそのお母さんとの関係が深すぎて
そこに入り込めない、ということで
言うことをきかされるヒギンズ教授(愛してるけど愛されない)ではなく、
言うことをきいてくれるフレディ(愛してないけど愛される)にしたそうです。
まー、なんて夢も希望もないラストなんでしょうか。
でもこれバーナード・ショー翁自身がそう書いてるからそうなんですよね。
なんかちょっと原作では、親離れできない息子の話なのねー、みたいな。
映画ではヒギンズ教授がお母さんの所に泣きつくシーンでの
教授のお母さん、ミセス・ヒギンズの反応も意外。というか不思議。
昔は何気なく見てましたけど、
これだけ嫁・姑の関係が言われる中で、
あれだけ息子が言われてて、最後にお母さんが“イライザ、お見事!”
なんて言ってくれるかなーって。
ま、もっともここはまだ嫁・姑ではありませんけども。
原作で匂わされてる物とはえらい違いです。
海外って母と息子ってこんなもの?などと
子離れ出来ない母と、親離れ出来ない息子のうじゃうじゃいる日本を考えた時、
最近見る度ごとに思うのでありました(笑)。

で、映画ではイライザは、ヒギンズの気持ちと自分の立場をはっきりさせるために
ヒギンズ夫人の家でヒギンズ教授と対決しますね。
これはヒギンズ教授の家に来た頃の言われるがままのイライザでもない、
“私はどうすればいいの!”って自我は目覚めたけれど、
まだ自分が何をすればいいかわからないイライザでもない。
家出したあとの、“自分のことは自分で決めれる!”イライザですよね!
こう考えると、家出はイライザにとっての必然だったということで。
典型的な60年代の“自分で動く”オードリーですよね。
これが50年代のオードリーなら、きっと最後まで
“相手に何とかしてもらおう”っていう態度ですもんね。
やっぱりこのイライザ、強いじゃないですか〜!

だからよく考えると、
今までのオードリーの作品でずっと描いていた
“変身しました、そしたら恋も手に入りました。めでたしめでたし”
ではなく、“変身はしたけれど…”って、
恋を成就するまでに、もう1ステップ踏んでるんですね。
微妙ですけど、オードリーにしてはちょっと新しいですね。
ちょっと変身のあとが入ってる。しかも、その恋の成就のためには自分で動いてます。
華やかなコスチューム・プレイでくるんだおとぎ話なんだけど、
50年代の「麗しのサブリナ」よりももっとリアリティがあるんですよね。
“待ってても白馬に乗った王子様は来ないよ!”ってね。
この“その後の部分”がもっと発展すると「いつも2人で」という傑作になるという…。
それまでの集大成でありながら、
次のオードリーの段階の先駆けでもあるわけですね。
もちろん、こうやってオードリー作品が出揃ってからの後付けの解釈ですけれども。

色々あった「マイ・フェア・レディ」ですけど、
間違いなく、作品は素晴らしい!のですから、
アメリカだけでなく、日本でも、今こそこの作品でのオードリーの存在の凄さ、
オードリーだからこそ加えられたエッセンスを見直して欲しい作品です!
オードリーが心安らかにこの作品を思えることを願ってやみません。

2004年4月12日 改訂2004年7月10日
「素敵じゃない?」

さて、やっと作品の話に移れます(笑)。

この映画でのオードリーがどんなに全力投球かってことは、
“花売り娘の扮装の時に爪まで汚した”とかって逸話でも
ちょっと知れるんですが、
僕は「踊り明かそう」でのシーン、
ベッドに一度入ったイライザが
メイドさんが部屋を出て行った後にまた起き上がって歌い出すトコロ、
照明が暗くなるのでハッキリわかるんですが、
オードリーの目の下にくっきりとスジが!(シワとは違います)
なんとやつれてるんでしょうか!
全力投球すると、体重が必ず減るというオードリー、
“本当に、頑張ってるんだねー、ウンウン!”って思います。

それと、最初の頃のお下品なオードリーの発声(発音ではなく)!
それまでのどの作品でも出したことがないような
ヘンな声をバンバン出してます。
だいたい「今に見てろ」ぐらいまで続きますかねー、この発声。
「スペインの雨」以降は普通のオードリーの発声に戻ってます。

ま、イライザ、徐々には綺麗になっているんですが、
それが、アスコット競馬場のシーンで一気に花が開きますよね。
アスコットでの初登場シーンにはまさに息をのまされます!
あの競馬場のシーンには、結構綺麗なお姉さんたち
(衣装のセシル・ビートンが、それらの衣装を着こなせなければならない!という、
かなりキビシイ面接もあった凄いモデル達らしい)
がいるのですが、その彼女たちをも霞ませてしまうほどの圧倒的な魅力!
これはすごいです!
オードリー初期の「麗しのサブリナ」でも、
パーティに来たサブリナを見てみんながその美しさに目を見張るという
シーンがありますけれども、
正直僕が思うに、そこよりもすごいです!!
「麗しのサブリナ」ではほかのお姉さんがたも美しいままなんですけど、
「マイ・フェア・レディ」では本当にオードリーだけが際立ちます!
さすがその美しさの頂点にいる時期のオードリー!
これは本当に目を見張らされます!
周りの男どもはオードリーを振り向くシーンこそありませんけれども、
こんなに綺麗な女性がいたら、普通は振り向くって(笑)!
「マイ・フェア・レディ」のイメージそのものになってしまうほど、
衣装、帽子、髪型(色々試したらしい)、メイク、そしてオードリー自身
…完璧です!!だから、大使館でのオードリーの方が、高貴ではあるんですけど、
なんかきれいに見えなかったりして(笑)。
(ま、僕は前髪を下ろしたオードリーの方が好きなんですけどもね)

あと、家出のシーンのオレンジのアンサンブルや、最後のピンクの衣装も綺麗ですねー!
まさにオードリーありきの衣装デザイン!
舞台版もセシル・ビートンが衣装デザインしたそうですけど、
映画版にあたって1からオードリーに合わせて新しく全部デザインし直したそうです。
まさにオードリーのための衣装の数々だったんですよねー。
完璧なはずです!
でも、セシル・ビートンのスケッチって、
“これって本当に人間に着せるのか?”ってな感じなんですけど、
オードリーは見事にデザインを崩さずに着こなしてますよね。
セシル・ビートンがいたくオードリーを気に入って、
監督と衝突してまで「マイ・フェア・レディ」での衣装の数々を着た
オードリーの写真を撮りたい気持ち、わかります。

まだ続く…

2004年4月9日 改訂2004年7月10日 再改訂2014年4月24日

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