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Author:みつお
オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
別のブログでオードリーグッズの紹介もしています。
リンクで行ってみてください。
なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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こちらからは車が邪魔になって、オードリーは見えません。
そして一瞬の間にその車は走り出しました。表門の方へ!

…そしてあっという間に出て行ってしまったのです。
“しまった!!!表だった!!”と思った時はもう遅い。
よく考えれば、そんな普段使わないような門から車が
出て行くわけはないのです。
もし使うとすれば、そこの鍵は早くから開けておくはずです。
大慌てで僕は手を上げてタクシーを拾いました!
“ヒルトンホテルまでっ!!”

ところがすぐにそのタクシーは出ないんです!
いらいらしている僕にタクシーの運転手さんは言いました。

“ヒルトンホテルって赤坂と新宿にあるよ。どっちのヒルトン?”

ええ~~~っ!ヒルトンホテルって2つあるんだ!
そんなのわかんないよー!!

“ここから近いのは赤坂だけどね。”と言ってくれたので、
“じゃあ、そっちへお願いします!急いでください!!”
と言ってそこへ向かうことに。

オードリーが宿泊してるのは赤坂の方であって欲しい!
できればオードリーより先に着いて欲しい!!

赤坂ヒルトンホテル(現キャピタル東急)に着きましたが、
どうせ“オードリーさんは泊まっていますか??”
とホテルの人に聞いても教えてくれないだろうと思ったので、
ヒルトンホテルの前でオードリーがやって来ないかと
手にオードリーに渡すプレゼントを持って待つことに!

4月だから、まだまだ晩は寒い。
薄手のペパーミントグリーンのブルゾンだけの僕は
とても寒かったのですが、
それでもじっとオードリーを待ち続けました。
さらにホテルの中でオードリーが何か食べに出て来ないかと
ホテルの中も注意して見てました。
でも、さすがに長い間待っても、先に出た車が
そんなに後に到着するはずもありません。
本当に赤坂ヒルトンホテルかもわかりません。
5分…10分…15分…30分…

1時間じっと待ちましたが、結局ダメで、
オードリーに僕のプレゼントを手渡して“見る”ではなく“会う”、
そして僕を知ってもらうチャンスを
永久に失ってしまったのでした…。


…この話には後日談があります。
親戚の家の新聞でオードリーの映画「暗くなるまで待って」と
「華麗なる相続人」を池袋の文芸坐でやっていることを
知った僕は翌日、映画を見に行きました。
vol.24参照)そしてその帰り、
近所で映画ショップを見つけた僕は
「昼下りの情事」のオードリーの白黒ポスターを買って帰りました。

そして、4月の16日と17日には大阪フェスティバルホールでも
同じショーをすることがわかったので、
前日までに当時大阪で一番格の高い中之島のロイヤルホテル
(現リーガロイヤルホテル)に
“そちらにオードリー・ヘプバーンが泊まると聞いたのですが…。”
とカマをかけてみましたが、
“そうなんですか?”と答えをはぐらかされてしまいました。
(実際にはやっぱりロイヤルホテルにオードリーは泊まっていた)
大阪にも出かけて行ってオードリーに会えないかと終演後まで
待ちました。

でも大阪にもオードリーが出ているのかどうかわからなかったので、
ショーが終わって出てきたおばさん達に
“オードリーは出てましたか?”と尋ねたら
“出てたわよ~、やっぱり綺麗だったわ~!”というお答え。
しかもこちらはどこから車が出て来るのかさっぱりわからない構造。
どこに泊まるのかわからない状況では先回りもできません。
再びオードリーに会うことは叶いませんでした。

今にして思えば、あの東京でのジヴァンシーのショーは、
逃してはならないオードリーに“会う”ことのできる
唯一のチャンスだったのですね…。

でもあの時渡そうとしていた「エクスラン・ヴァリーエ」の
ブラックドレスを着たオードリーの絵、
元の画像が載っていた“スクリーン”ではジヴァンシーのドレス
となっていたので、オードリーに渡す際に横にいるであろう
ジヴァンシーにも見てもらって、
“ジヴァンシーさんの衣装を着たオードリーさんです!”って
言おうと思っていたのですが、
なんとこの衣装は2000年のオードリー展でジヴァンシーではなく、
ヴァレンティノの衣装であることが判明!
ある意味大恥をかかなくて済んだのでありました。

でも、あのショーの時に他のお客さんと共に
プレゼントを渡していたら…
きっとオードリーと会話はできなくても、
握手は出来てただろうなーって思うのです。
二度と取り返しの付かない失敗だったのでした。
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コメント

偶然見かけました。

1983年当時、東京ヒルトンホテルでウエイターをやっていました。学生のアルバイトです。
ジバンシーのディナーパーティがあり、当然オードリーも出席していました。
座るテーブルはこれまた当然ながらジバンシーと同じメインテーブルでした。
私はそのテーブルの担当ウエイターに指名されました。
なので、オードリーとも会話をしました。
顔と顔との距離はおおよそ30cmでした。
would you like coffee?
No.
tea?
No,thank you.

今でも、色あせない思い出です。

ところで、エッセイの中でタクシーの運転手にヒルトンホテルは赤坂と新宿のどっち、という件ですが、当時はまだ新宿にはなかったのですが・・・
1983年12月31日をもって永田町の東京ヒルトンホテルは終了し、翌日からキャピトル東急に変わり、その後ヒルトンは新宿に建てられたのですがね。

すごい!!

元配膳人さん、初めまして!

来ていただいてありがとうございます!(^-^
オードリーとの顔の距離30cm!!
すっごい羨ましいです!
一生のうちで一瞬でもオードリーと接点があったなんて!!!
僕なら感激のあまり泣いてしまったかも!です。
(それじゃあ仕事になりませんよね。)

そんな大事なテーブルを任されるなんて、
やはり元配膳人さんが英語を出来たおかげでしょうね。
僕も英語はしっかりやっておけばよかった!と
本当に後悔しています。
(オードリーの家に行った時とかに会話できなかった!)

当時新宿にはヒルトンホテルは無かったのですか?
それじゃあ僕の覚え違いですかね。(^^;;;
ただ、タクシーの運転手がどっちかと尋ねたのは本当なので
(これも鮮明に覚えています。なにせこっちは急いでいるのに、
聞き返してすぐに発車してくれなかったから!)
当時もうひとつヒルトンホテルのあった場所があったでしょうか?
それならそこだと思うのですが…。
もしかしたら当時建設中(?)の新宿を指したのかもしれません。
あるいはバッタもんの「ホテルヒルトン」かも…
(神戸にも昔Hホテルでそういうのがありました)。

当時京都などでもオードリーを見かけてサインを求めた人
とかがいるみたいなので、本当にいいなあ~と思ってます。

元配膳人さん、僕にはもうひとつのブログがありますので、
そちらにもぜひぜひ!おいでください!
また色々オードリーのこととか、聞かせてください!!
お願いします!m(_ _)m

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