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Author:みつお
オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
別のブログでオードリーグッズの紹介もしています。
リンクで行ってみてください。
なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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 2014年1月4日に日本初公開されたオードリー・ヘップバーンの「マイヤーリング」ですが、そこで僕は依頼を受けて販売用のパンフレットで “オードリーのプロフィール” “オードリーのフィルモグラフィー” “オードリーと日本”という文章を書かせていただきました(+解説の一部)。

 そのうち “オードリーのプロフィール” に関してはスペースの都合でカットされてしまった部分があるので、それを原稿通りに掲載したいと思います。

 なお、この時の文章に関しては、無料で書かせていただく代わりに著作権は僕が保有する、ということで映画会社の方と合意していますので、掲載する権利も問題ありません。
 ではどうぞ!

↓(ここから)

●オードリー・ヘプバーン  プロフィール

オードリー・ヘプバーンは1929 年5月4日にベルギーのブリュッセルで生まれた。本名はオードリー・キャスリーン・ヘプバーン=ラストン。
オードリーに関する伝記で、“エッダ” が本名であると掲載されているものがあるが、息子ショーンの伝記で否定されている(後述)。

母親は貴族で、バロネス(女男爵)の称号を持っている。父親は、伝記などでは“銀行家” とされているものもあるが、オードリーはこれを否定。“父が長続きした仕事はありません。” とのこと。
両親は争いが絶えず、オードリーが6 才になったばかりの35 年5月に父は家を出て行き、38 年には正式に離婚した。

39 年9月にイギリスとドイツとが戦争状態に。その時オードリーはイギリスの寄宿舎にいたが(この寄宿舎でオードリーはバレエと出会っている)、母エラがイギリスはドイツの爆撃を受けるのではないかと心配し、オランダに連れて帰る。

ところが翌年にドイツはオランダに侵攻。
“オードリー” という名前はイギリス的すぎるので、ドイツ軍に捕まらないよう、母エラは自分の身分証明書の“ E l l a ” の部分に手を加え、“Edd a(エッダ)” と読めるように細工し、オードリーにそれを持たせた。これが誤ってエッダが本名説を生む。

オードリーは靴の中にレジスタンスの新聞を隠して運んだり、得意のバレエをを密かに上演してレジスタンスの資金を集めたり、英語が流暢に喋れるのでアルンヘムの戦いで森で立ち往生しているイギリス軍の兵士にメッセージを届ける役目を負ったりした。
恐ろしいことにドイツ軍の食堂で働かされる女性狩りに捕まったが、連れて行かれたドイツ軍司令部の警備が手薄だったため、隙を見て逃げ出し、危うく難を逃れる。

戦後、オードリーやオランダの人たちはユニセフの前身のUNRRA(国連救済復興機関)から食糧の配給を受け救われる。
オードリーはこのときの感謝を忘れず、晩年のユニセフの活動へとつながっていくことになる。

1948 年、オードリーはイギリスに渡り、奨学生としてバレエスクールに入学。
オードリーは熱心に努力するが、“あなたには成功する肉体も才能もない。” と言われ、舞台に立つようになり、役も大きくなっていった。やがて脇役なのに舞台で光彩を放つオードリーに魅せられる人が増えていき、映画にも出演し始める。

2カ国語で作られた「モンテカルロへ行こう」「モンテカルロ・ベイビー」の撮影を見ていた作家ガブリエル・コレットが“私のジジがいたわ!”と言って、ブロードウェイの舞台で自作「ジジ」の主役に抜擢したのはあまりにも有名。

続いて今度は「ローマの休日」の王女探しのテストを受けることになる。ベッドで寝ているシーンを撮ったのだが、自然な動きを見るため、“カット!” と言った後もフィルムを回し続ける指示があった。オードリーは起き上がって微笑むシーンが撮られ、そのフィルムを見たウィリアム・ワイラー監督やパラマウントはオードリーを王女に決定。
この時の皆を唸らせたベッドで起き上がるテストフィルムは未だに見ることが出来ない。かろうじて過去の「スクリーン」誌などでその時の連続写真が見れるだけ、となっている。

「ジジ」の合間には3 回ほどテレビにも出演しているが、フィルムやビデオが現存しているかは不明。その中には後に「マイ・フェア・レディ」で共演するレックス・ハリスンと番組内の「1000 日のアン」(寸劇?)で初共演している。

53 年には「麗しのサブリナ」を撮影。共演者のウィリアム・ホールデンと恋に落ちるが、ホールデンが子供の出来ない体だと知って破局。

その後は「ローマの休日」のグレゴリー・ペックに紹介してもらったメル・ファーラーと、54 年の舞台「オンディーヌ」で共演、愛を育んで9月に結婚。60 年7月には念願であった息子ショーンが誕生するが、夫婦仲は徐々に修復出来ない状態に。

「マイ・フェア・レディ」では、オードリーの熱演にもかかわらず、歌が吹き替えられてしまったことによるバッシングが発生。アカデミー賞にノミネートもされなかった。これに不満を抱いたアカデミーの一部の会員達からは、“ノミネートされてなくても、オードリーに投票しよう!”という声がわき上がったため、運営側が“ノミネートされてない人に投票しても無効。” と異例の声明を発表する。
「マイ・フェア・レディ」ではイタリアのアカデミー賞と言われるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の主演女優賞を受賞。2004 年の“timeless audrey” 展では日本でもそのダヴィッド像が展示されていた(図録には未掲載だった)。

「暗くなるまで待って」撮影後、夫のメル・ファーラーとは別居。翌68 年には離婚にいたります。
当時の記事では、「暗くなるまで待って」と同じく主演オードリーと製作メルのコンビで再び「マイヤーリング」を映画で作ると言われていたのに、メルがマリーの役を浮気相手のカトリーヌ・ドヌーブに決めたからだ、とか、その逆でオードリーはもう家庭に落ち着きたいのに、メルがまだオードリーを映画に出演させようとしている、などと書かれていましたが、真実は明らかにされないまま。「マイヤーリング」(完成作品は「うたかたの恋」)は関係ないかもしれません。

1969 年には精神科医アンドレア・ドッティと再婚、翌年には次男ルカが生まれるも、夫に女性の噂が絶えず、1982 年には離婚する。

ドッティとの夫婦関係は既に修復不可能なところまで来ていた1980 年、「ニューヨークの恋人たち」撮影中に友人の食事会でロバート・ウォルダーズと知り合い、やがて恋愛関係になる。二人は最後まで結婚という形はとらなかったが、ロバート・ウォルダーズは誠実で優しい男性で、オードリーの最期まで共に暮らし、オードリーにとって生涯最高の伴侶となる。

オードリーは子育てに専念していた1970 年に「愛の世界」というユニセフのテレビドキュメンタリーにも出演したりしているが、実際に深く関わってくるのは1987 年頃。その後89 年にはユニセフ親善大使になり、実際に世界中の悲惨な現実を目の当たりにし、支援を訴えるようになる。
それまでは“質問がプライベートに及んだ時は、即終了。” と言われていたインタビューでも、子供達を救えるなら、と進んで自らのことを話すように。

92 年に訪れたソマリアから帰った後、腹痛を訴えるようになり、診断の結果癌であると告げられる。アメリカで手術するも手の施しようが無く、“余命3 ヶ月” と宣告されるが、その時でもオードリーは自分よりも世界の子供達を心配していたという。

長年の友人、ジバンシイが顧客に頼んで手配してもらった自家用機に乗ってスイスの自宅に戻り、クリスマスを家族で過ごす。
翌93 年1月20 日、永眠。享年63 才。愛したスイス トロシュナ村が見渡せる丘に眠っている。

以前は日本だけがオードリーの人気が高い、と言われていたが、1987 年頃から全世界でオードリーの再評価が起こり、現在でも世界中での“伝説のスターは?” “最も美しい女性は?” などのアンケートでオードリーがトップ、あるいはそれに準じる位置をキープしている。
女優のジュリア・ロバーツ、ナタリー・ポートマン、サンドラ・ブロックなどがオードリーを崇拝していることを明かしており、現在のスターにもオードリーのファンが多い。

また、ファッション界でもオードリーはアイコンとなっており、ジバンシイはもちろん、他のブランドでも2000 年代に入ってからも何度もオードリーをモチーフにしたデザインが発表されてランウェイを飾っている。

未だにフランス、フィリピン、ギリシャ、イギリス、日本などでオードリーの映画はリバイバルされ続けており、アメリカ、イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなど世界で写真集が毎年のように発売。雑誌でも表紙を飾り、カレンダーにいたっては、毎年世界で20 種類以上も発売され
ている。
2012 年イギリスではCG で復活したオードリーがチョコレートの宣伝に登場し、世界があっと驚いた。
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