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オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
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なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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今回は「シャレード」について。

「シャレード」でのオードリーの演じるレジー役は
はっきり言って天然ボケの役です。
ユネスコで通訳として働けるくらいですし、
いったん辞めた職場にあっさり復帰していることからしても
決しておバカではないと思うのですけど、
天然入っているのはいかんともしがたい(笑)。

それにこのレジー、全然動じない人ですねー(笑)。
死体置き場で殺された夫チャーリーの確認をしてる時も、
“寒いわ”の一言で済ましてますし、
一度襲われたスコビーに次に会っても平気な顔。
普通の女性なら次に会ったらビクビクしてますよね。
ケーリー・グラントの影に隠れるとか。
でもレジーは平気。
こんなキャラ、大好きです(笑)!

このレジー以外のオードリーの役は、みんな考える女性なんですね。
「噂の二人」のカレンや「尼僧物語」のシスター・ルークほど
ものすごい苦悩するわけでなくても、
「ティファニーで朝食を」のホリーだって、
一応自分の考えは持っている。
でもこのレジーだけは、なーんにも考えてなさそう。
悩みがある時はめちゃめちゃ空腹で、
悩みが無くなった途端“お腹いっぱい!”
お気楽でいいですねー(笑)。
レジーがこの映画で考えることったら、
ケーリー・グラントに奥さんがいるかってことだけ。
のー天気レジーですね。

この映画、最初のシーンで、明らかに大人の手だと思われる長い手で
レジーをピストルで狙ってますね。
で、水鉄砲ピュー!って撃った時になると、
子供のジャン=ルイが撃ってたことになってる。
あれ?さっきの大人は?みたいな(笑)。

それに後にジャン=ルイがケーリー・グラントに水鉄砲をお見舞いする時は
振り向く前は前髪が見えているのに、
くるっ!て振り向いたら前髪ありませんがな!!
しかもレジーとお母さんのシルビーが全然驚いた様子してないんですよねー。
これはいったいどーゆーこと!?なんて思ってましたが、
友人のカリンさんがすごい解決法を編み出してくれました。
“ジャン=ルイの前髪はつけ毛だった!”(爆)。
付け毛はお母さんが冷静に拾って行ったそうです(笑)。

さてさて、この作品、ロマンティック・コメディでありながら
サスペンスであり、推理物であるという複合技になってるんですよね〜。
だから犯人をよめたとしても、全然飽きないです。
ということは再見にも十分耐えられるということで、
これはなかなか凄いことですよ!
そういう何度でも見たくなる魅力をもった稀有な作品だということで、
この作品の底力を感じます。
さすがオードリーの代表作の1本ですよね!

昔、フジテレビ系のゴールデン洋画劇場で1度放映した作品の
アンコール上映の投票というのがありましたけど、
この「シャレード」は堂々第5位に入ってました。
もちろん日本でも大ヒットで、63年の初公開以降も
68年・73年・86年と4回も公開されてます。
これは「ローマの休日」7回、「マイ・フェア・レディ」6回、
「戦争と平和」5回に次いで、「暗くなるまで待って」と並ぶ
オードリー作品としてのリバイバルの多さです。
それだけ愛されているんですよねー。(^-^

(追記:その後「シャレード」は2011年と今年2014年にもリバイバルがあり、
オードリー作品では単独第3位のリバイバルの多さになっています。)

さて、その魅力のひとつにウィットに富んだ会話とシチュエーションが挙げられます。
スキー場ではケーリー・グラントの“どこが見たいの?”と質問されると
“あなたの隠してるところ”。
警察に初めて行った時に警部に“タバコ吸ってもいいですかな?”って聞かれたら、
“やめてください”。自分は吸う人間のくせに〜(笑)。
あとでまた警部が吸いそうになって、レジーに真ん丸目玉でとがめられますよね。
それに夫チャーリーの事を尋ねられると、
すべて“わかりません(I don't know)”の一点張り。
で、警部が“そんなんじゃお話になりませんな!”ってキレると
“(お気持ち)わかります(I know)”。
他にもスパイとエージェントのやりとりや、
高級タバコに立続けに火を点けてしまったり、
といっぱいいっぱい見どころがあります。
ケーリー・グラントが自分の部屋に来てくれないので、
“アア〜〜〜〜ッッッ!”って大声あげて
あわててケーリー・グラントが飛び込んでくると
“捕まえた!カッカッ!”って笑う所も、なんなんでしょう、このオードリー。(^^;;;
現在市販されている字幕はもうひとつなので、
その面白さが充分伝わらないのが残念です…。

他にも、ケーリー・グラントを追跡しようとすると、
すぐ前にケーリー・グラントがまだ居て、慌ててくるっと引き返す所や、
何度訂正されても“エージェントを”ずっと“スパイ”って言ってたのに、
ウォルター・マッソーに“女は名スパイなんでしょ。”
と言われると“エージェントよ”って言う所など。
悩み事があると大食いになるという設定も面白いです。

監督は「パリの恋人」「いつも2人で」のスタンリー・ドーネン。
さすが!オードリーの使い方が上手です。
「パリの恋人」ではオードリーのミュージカルの才能と
モデル的な感覚を引き出し、目にも鮮やかな映像美と合体。
「いつも2人で」ではオードリーの“素”の部分を引き出し、
“その後のオードリー”をやらせちゃった。

で、この「シャレード」ではオードリーの性格とまるっきり反対の役で、
それでいてオードリーでなければ!という所まで持って行った。
オードリームード満開ですよね!
おそらく脚本ではレジーナの性格づけがあんまりなされてないんじゃないかと思うのですが、
仕上がった作品では細かいオードリーの動きや表情と相まって、
充分レジーのキャラクターが立っています。
これぞドーネン&オードリーの化学反応ですね!

「モンテカルロへ行こう」では子供もいる役でしたけど、
主演になってからで、夫がいる(いた)という役も初めて。
この軽快さ、面白さ、洗練、どうです!?

「シャレード」に関しては、海外旅行のお話で書き漏らしたことがあります。
ドイツの学生の街、ハイデルベルグへ行った時の事。
友人と3人で晩御飯を食べにレストランへ行きました。
お腹もいっぱいになって、会計をしてもらおうと、
同じオーケストラ仲間の女の子に借りて来ていた
ドイツ語の会話集に書いてあったままに友人が若いウエイターに
“お勘定をお願いします。”の意味で言いました。
“フロイライン、ツァーレンビッテ!”
そのウエイターは変な顔をしながら“ツァーレンビッテ?”
と聞き直しました。
僕以外の友人二人はそのまま平然としていたのですが、
僕はそのウエイターの顔が気になって、
“フロイライン、ツァーレンビッテ!”について考えていました。
“なんでフロイラインをはずして聞き直したんだろう…
フロイライン、フロイライン…なんか聞いたことあるぞ。”
そこで僕は思い出したのです!
「シャレード」の中で、オードリーがケーリー・グラントを尾行する際、
ケーリー・グラントが立ち止まる度に街角のカフェテラスに座るオードリーを
追い掛けるかわいそうなオジサン!
“金魚のフンみたいについて来ないで!”なんてオードリーに言われてましたけど、
追っかける時に“フロイライン!”って叫んでるんです。
字幕は“お嬢さん”!!!
…これって男の子に向かって“お嬢さん!”って呼び掛けてたんですよね。
そりゃ変な顔するわけです(笑)。
友達に話して爆笑してました。
しかしこのオジサン、可哀想ですね〜。
オードリーから誘ったような状況なのに、なんて冷たいあしらわれ方(爆)!

2003年9月16日 改訂2004年1月13日 追記2014.1.30
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「華麗なる相続人」のお話その2です。

「華麗なる相続人」はオードリーの代表作、とはお世辞にも呼べないですし、
伝記なんかを書いているのを見てもかなりひどいこと書かれてますよね。
ある伝記で「華麗なる相続人」を評して“女優としてした最悪の選択”
なんて書いてあって、それを読んだ人が書いたであろう写真集では
それをオードリー自身が言ったことになってて、
オードリーはそう言ってないのになー、伝言ゲームみたいで、
尾ひれが付くから人の話って恐いよナー、なんて思いました。

僕みたいにたとえオードリーが若くなくても
オードリーはオードリーだから全然平気!
な人間には別にオードリーがどうこうっていうのはないですねー。
一部の人が書くように、オードリーが老けてるから
作品の魅力も下がるうんぬん、なんてことは有り得ないし、
そんなんで評価せんといて!って思います。
オードリーはいつもながらとっても綺麗やん!って感じ。
よく50年代のオードリーが綺麗で、60年代はダメ、70年以降は切り捨て、
みたいな事を書いている人がいますけど、ハッキリ言ってブーですよね。
どの時代のオードリーも素敵に年をとっていて、僕は大好き!
別に無理して書いてるんじゃなくて、ホントにそう思っているからしかたない。
オードリーは若さだけの存在じゃないはず!
自分が若いオードリーだけが好きだからって、
他の人までそういう鋳型に押し込めようとせんといて!って感じですかねー。
「マイ・フェア・レディ」が最初の人はそれが衝撃、
僕みたいに「いつも2人で」だったらそれが衝撃、ということで、
オードリーの若さではなく、オードリーの存在そのものが衝撃なんですよね。

「華麗なる相続人」のオードリーは「おしゃれ泥棒」以来の
ジヴァンシーの衣装も素敵だし、素直に“好き”って言えない
オードリー扮する世間知らずのエリザベスの表情がかわいい!ってところもあります。
衣装ではエレベーター事件の時のハイカットのジャケットが僕は一番好きです。

で、さすが双葉さんですよね。65点という点数!
次の「ニューヨークの恋人たち」とかって再見するのが
とっても苦痛なんですけど、「華麗なる相続人」はすんなりまた見れますから。
この“また普通に見れるかどうか”ってところが
普通作か駄作かの分かれ目みたいですよね。
音楽は前にも書きましたけど、とっても素晴らしい!
劇的な盛り上がりはないですけど、素敵な音楽に乗せてゆったりと見れます。
それにLDの解説で書いてあったんですけど、
ロフ財閥のリアリティーを生むために、
薬の製造シーンでは1錠1錠に“R”の刻印。
まー、たったワンシーンのために、なんてお金かけてるんでしょうねー。
ロフ本社のビルはBMWの本社らしいですしねー。
豪華な映画です!

後に原作も早川書房から文庫が出た時に読みましたけど、
原作も無意味な人間がどんどこ出てくるんですよね〜。
あ、これは傑作になりようがないなあ、みたいな(笑)。
映画ではカットされた人物がいるんですけど、
その人の所がとっても面白い!
面白いですけど、やっぱり筋となんの関係もないんです、これが…。
原作ではエリザベスは25才の設定で、
薬のロフ財閥の創始者はおじいさん、ということになってるんですけど、
映画はオードリーだから年令不詳になって、
創始者はお父さんに変更されてましたね。
原作者のシドニー・シェルダンは主演がオードリーと聞いて大喜び!
“彼女ならぴったりだ!”ってんで原作がペーパーバックになるときに
書き換えてエリザベスの年令を35才にしてしまったらしいですね。
オードリーの威力って凄いですねー!

2003年5月22日 改訂2003年7月28日
今回は「華麗なる相続人」について。

「華麗なる相続人」はリアルタイムで見ました。
というか撮影中から“スクリーン”や“ロードショー”
でチェックは入れていたんですよねー。
撮影中の題名は“スクリーン”では「血統」、“ロードショー”では
原題そのまま読みの「ブラッドライン」になってました。
でも、「ロビンとマリアン」の時は、あとで古本買ったら
毎号いっぱいいっぱい記事があったのに、
「華麗なる相続人」の時はあんまり載らなかったんですよねー。
なんでなんで〜〜!?って思ってましたね。
そう!「ロビンとマリアン」、作品はよかったのに、
ヒットはしなかったんです!残念なことに!!
それで「華麗なる相続人」もとばっちりを受けたという…。

「ロビンとマリアン」公開後の77年5月号の雑誌では
“スクリーン”では1位のテータム・オニールとわずか55票差で2位、
オードリーに冷たい“ロードショー”でも4位だったのですが、
その後オードリーが載らない号が頻繁に出てくるようになりまして、
オードリーが載った時だけ買う!みたいになってましたね。
それでも“スクリーン”はたまに載せてくれていたので、
買ってましたけど。
でもオードリー大々ファンの僕は心配なわけですよ。
これはヤバいんじゃないだろうか…と。

で、原作は映画の公開前から本屋さんに並んでいまして、
当時は早川書房のハードカバーでしたね。原作の翻訳は「華麗なる血統」
って題名で表紙にはオードリーの写真が使われていました。
今みたいにシドニー・シェルダンって名前が日本じゃそんなに有名じゃなくて、
原作者ではお客さんが掴めないから、オードリーで売っていたんですよね。
すっごい読みたかったですけど、映画を見る前は…って我慢しました。

79年作品の「華麗なる相続人」は日本では80年2月に公開されまして、
これは神戸の朝日会館という大劇場で見ました。
パンフレットは当然オードリーの映画だから買うとして、
ポスターとかも買ってましたね。
張り切っていい席をとるために早めに行ったのにお客さんはまばら…。
でも「暗くなるまで待って」のテレンス・ヤング監督だし、
オードリーは駄作を作らないし!って
すっごい期待して席についたんですよね。
映画が始まって、ものすごい印象的なタイトルバック!
それにすんばらしい音楽!!
これは!って期待度が一気に高まりましたよね。
で、今か今かとサスペンスが盛り上がるのを
期待して見ていました。

…見終わりました。で、“どうしよう…”っていうのが正直な感想。
なにが“どうしよう”かといいますと、
“スクリーン”で双葉十三郎さんに何点つけられるのか、っていう恐れ。
あんまり映画は見ないので、よくはわからない僕でも、
傑作!って言えない物を感じたのでした。
盛り上がらないサスペンス、筋に絡まない無駄な登場人物、
推理のしようがないストーリー、意外でもなんでもない犯人…。
これはヤバい!って思ったんです。
今は双葉十三郎さんの“スクリーン”で掲載していた“僕の採点表”、
本になってすべてのオードリー作品の点数が一目瞭然ですけど、
当時は抜粋の薄い本しかなかったんですよね。
それでわかる一部の作品と、古本でリバイバル時に
後ろの方のページで“何月公開の作品”ってので
点数も載っていたので、それでチェックしていたんですけど、
オードリー作品はだいたい75点以上なんですよね。
80点というのもいっぱいあるんです。
75点は佳作、80点以上は傑作なんですけど、
「華麗なる相続人」は予測がつきませんでした。
だから採点が発表になる2・3ヶ月後の“スクリーン”を
びくびくしながら開きましたね。
結果は65点。“見ておいていい作品”の下という扱いでした。
それほどひどくもなくて、ちょっとホッ。
65点なら、「パリで一緒に」もそうですし、ああよかった!って思いました。

でも、この作品、ひどいことばっかり書きましたけど、“嫌いなのか?”
と聞かれたら、“全然!”って答えますよ。
そのお話は続き、ということで。

2003年5月19日 改訂2003年7月28日
「ロビンとマリアン」のお話その2です〜。

それとこの「ロビンとマリアン」は最後がね、とってもとっても悲しいんです。
ここまでずっとロビンのお話っぽいのに、一気にマリアンのお話になりますよね。
無理心中という意見もありますけど、
あとで“こんな栄光の日は二度と来なかったんだな?”って
ロビンが言いますから、そうではなくて、やっぱりロビンは
助からないほど深手を負っているということですよね?
そうと知ったマリアンがロビンに毒を飲ませてしまう所、
マリアンは自分も先に飲むので、足が立たなくなってしまうんですよね。
それで“なぜだ!マリアン!”なんてロビンは言いますけど、
そこでのマリアンのセリフ、さらっと聞き流したらダメですよ!
“子供の笑い声よりも、自分で耕した畑よりも、
楽しみよりも、新しい1日よりも、
神よりも深くあなたを愛しています…”
うあわ〜〜〜〜〜ん(号泣)!!!(≧≦。

子供の笑い声。これは子供好き、という意味なだけじゃないのでは?
マリアンは女性だから、きっとロビンの子供も欲しかったんじゃないかなー。
ここで言う子供、もしかしたら架空の自分の子供のことも
入っているかもしれない。
でもマリアンは子供は持てなかった、あるいは持たなかった。
子供がいることよりもロビンを愛することを取った、
あるいはもし子供がいたとしてもロビンの方を愛してた、そうも取れるんです。
畑、これはコンビニもスーパーもないこの時代、
生きて行くために、とても大事ですよね?
ましてや自分で育てた植物っていうのは愛着が湧く物ですよね?
今なんかでもガーデニング、ってありますもんね。
そしておそらくこれは現代でいう“仕事”の事も
指しているんじゃないかと思います。
次の楽しみはその畑を耕したりした後の余暇の部分ですね。
楽しみをさらに次の新しい1日と足すと、
楽しいこともあるであろう今後の日々よりも、
ロビンと一緒に死を迎える方をとった、ともとれますね。
そう!マリアンにしたらロビンのいない日々なんて意味がないのです。
それだけ愛しているということなんですよね!?
それよりなによりマリアンは尼僧ですよ、尼僧!
尼僧は「尼僧物語」でわかるように、
神と結婚しているのであって、俗人との愛にのめり込んだらいけないんです。
その尼僧が“神よりも”っていうのはよーく考えたらすごいことですよ!
そんなマリアンの深い愛の思いを一気にここで聞くことができるんですよね。
自分が生きて行くことよりも、何よりも、ロビンが大事!
いままでずっとそう思ってきました!って告白してるんですよね。
素敵すぎますよね!?こんな風に僕も言われたい!
で、やっとそこに気付いたロビンが“これでよかった”って言いますけど、
伸ばした手と手が毒の為にもう届かない!
最後の触れ合いすら果たせないまま二人だけの時間は過ぎ去って、
リトル・ジョンが入ってくるんです。

最後の力を振り絞って、ロビンは“この矢の落ちた所に二人を埋めてくれ”
って矢を放つんですよね。マリアンはもう体も動かない、声も出ない。
でもここがやっぱりオードリーですよね!
目、だけの演技をしてる!さすが目に吸引力のあるオードリー、
さっきの愛の告白では思いをあふれさせ、
ここでは満足している穏やかな、それでいて哀しい目をしています。
でもその矢は白い空に吸い込まれて
どこまでもどこまでも飛んで行く…。
あとでリトル・ジョンが探すの大変だろうな−っていうのは置いといて(笑)、
涙ポロポロ物の、素晴らしいラストでした!

オードリーは、自分の撮られ方や、その目まぐるしい撮影スピード、
それに脚本を読んだ時に感じたロビンとマリアンの愛の場面が、
編集でどんどん削られていくのを目の当たりにして、
後年、実はあんまりこの作品を気に入ってなかったみたいなんですけど、
「暗くなるまで待って」から8年でオードリーが素の自分を賭けたこの作品、
今振り返ってみて、その後の作品全部を考えてみても、
オードリーらしい、最後の代表作としての輝かしい出来に仕上がっています。
僕の大事な大事なオードリー作品の1本です!

2003年5月16日
今回は「ロビンとマリアン」について。

「ロビンとマリアン」はまだ少年の時に
小学校で僕をオードリーに開眼させてくれた女の子と一緒に
初めて映画館で見たオードリーだったんですよね。
大画面のオードリーというのも嬉しかったんですけど、
内容がね、素晴らしい!だっから大感動!!

最初と最後にリンゴが写るんですよね。
最初は普通のリンゴなんです。でも最後は干涸びてる。
これって人生の暗示?みたいな。
あ、別に人生が干涸びるということではないんですけどね。
中年になった悲哀が溢れてる。
途中にショーン・コネリー扮するロビンと、
ロバート・ショー扮する悪代官が一騎討ちするんですけど、
そこが哀しい…。
昔は颯爽と闘ったであろうロビンと悪代官も、息を切らしてぜえぜえ。
ここが最初は“なんてカッタルイ!”なんて思いましたけど、
そうじゃないんですよね。
ここが中年の悲哀。昔ながらの因縁の二人、
敬意を表して周りの人達は遠巻きにこの二人の
戦いを見守っている。
でも本人二人は重い鎧をつけて重い武器を持ち、
よろよろしながら闘ってる。
昔みたいに体が動かない。
なんてまあ悲しい中年の表現でしょうか。
中年つっても今みたいに寿命の長くないこの時代だから、
ほとんど晩年ですよね。
“年をとった”ってことに対していろんな表現してますね。
もちろんオードリーが“年”について語る映画なんて
これが初めてなわけです。
“もう私は若くないわ。それでもいいの?”
“ロビン、抱いて。20年分抱いて。”なんて、
泣かすじゃありませんかっ!

ここでのオードリーは尼僧院長になってるマリアン役。
出番はとっても遅いです。2時間ない映画なのに、
主演のオードリーが出てくるまでに30分近く時間がたってる。
この遅さは「パリの恋人」「緑の館」「暗くなるまで待って」といい勝負。
むしろもっと遅いかも?
しゃかしゃか薬を作っているオードリーの手から写るんですけど、
ここでのオードリーはもう年を隠してない。
8年のブランクのあとに、この作品に今の自分をぶつけたオードリーが
ここにいます!
でもね、昔はどんなお転婆さんだったんだろうと思わせる愛嬌のある尼僧。
“クソッ!”なんて言って慌てて十字を切ったり、
ロビンと尼僧を脱出させたあと、尼僧の馬車のたずなを引いたり。
これは川で馬車ごと転んでしまうんですけどもね。
これ、最初わざとかと思っていたら、
当時のオードリーのインタビューを見ると脚本にない部分だったんですね。
オードリーや尼僧役の女優さんが本気でキャーキャー言っているのに、
リチャード・レスター監督はそのままフィルムを回し続けたとか。
オードリー、久々の映画出演で、最初はすっごい緊張したそうですよ。
インタビューでも“蝶々が胸のあたりを飛んでいた”(西洋のことわざ)
と言っていたそうです。

レスター監督、取り直しはほとんどしなくて、
マリアンがリトル・ジョンに“ロビンを止めて!”って訴える所、
オードリーの声がかすれてるなー、ひそひそ話してるのかなー?
って思ってたらオードリー風邪ひいてたらしいんですね。
でもそのまま使っちゃった。
でもすごい美しいオードリーをも捉えてますよね。
森の中で頭に布をかぶってオードリーが意見を言う所、
ハッとするほど美しいです。
それにリチャード・レスター監督の最高傑作だという意見もあります。
僕もその意見に大賛成です!!

(つづく)

2003年3月24日 改訂2003年5月16日

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