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Author:みつお
オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
別のブログでオードリーグッズの紹介もしています。
リンクで行ってみてください。
なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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今回はオードリーのメイクの変遷のお話です。

メイクそのものについては、男の僕ではよくわかんないんですけど、
オードリーってその時代時代でメイクがばんばん変わってる!
ってことくらいはわかります。今回はそんなお話。

オードリーってなんかずっと一緒のように思われてますけど、
けっこう並べてみると大きく変わってます。
なんか僕ぐらい年季が入ると、写真を見るだけで
だいたいどの作品の頃かわかっちゃいますね~(笑)。
たとえ映画ではないプライベートな写真でも。

特徴があるのが眉毛。なんだか太い眉の代名詞みたいに
オードリーが扱われることがあるんですけども、
これって「シャレード」が“マダム風”と呼ばれることと同じで
疑問なんです。

52年(「ローマの休日」撮影)当時は
エリザベス・テーラーもそうですけど、
太い眉が流行っていたんですよね。だから太い。
オードリーの専売特許ではないですよね。

「ローマの休日」以前の作品やポートレートを見ると
眉間に寄る部分が太くて丸いだけで、
こめかみの方は非常に細くなってる。
だからイギリス時代のオードリーの顔って簡単にわかります。
「ローマの休日」の頃、オードリーの眉が太いのは
グググってわざと太く描いてるからなんですよね。

で、「ローマの休日」以降、「パリの恋人」あたりまでは
どんどん眉が直線になっていくんですね。
「初恋」っていう「ローマの休日」以前の作品がありますけども、
日本公開の時、初公開の時もリバイバルの時も
ポスターもチラシもプレスシートもすべて
「パリの恋人」の写真をメインに使っているんですけども、
はっきり言って眉毛をみるとモロバレですよね。ずるい!
きれいなオードリーを全面に押し出して、題名は「初恋」。

知らない人が見に行ったらオードリーは主役じゃないわ、
内容は陰謀渦巻くドロドロものだわで、びっくりしますよね。
詐欺か!?と言いたくなります、ホント。
これ、でも配給してるイギリスの映画会社から
「初恋」用のスチールとして送られて来るみたいで、
日本の作戦ではなく、イギリスの陰謀ですよね。

「ローマの休日」~「パリの恋人」の間で、
1つ眉が大きく他と違うのが、1954年!
ここ、間違えないで下さいね。
オードリーにとっての1954年ですから、
オードリーの年令についてで書いたように、
「麗しのサブリナ」は前年に撮影終了してからですよ。
ですから、オードリーにとっての1954年というのは、
オードリーがメル・ファーラーと結婚した年、という意味です。

この年のポートレートを見ると、ちょっと前後の年と比べて異色!
他の年は眉がくっきり太いのに、この年のオードリーはちょっと細い。
しかも、眉尻がやたら長い!これが最大の特徴ですよね。
ショーンの本でも、そういう眉尻の長いオードリーが載っていて、
それが“1949年”なんて書いてますけど、
あれは明らかに1954年のポートレートですよね。
だいたい1949年だったら、1.3倍くらいオードリー太ってるし(笑)。
おそらく1954年は映画に1本も出てないので、
プライベートで自分で描いてる(プロのメイクさんではない)
眉毛だったんでしょう。

で、その後60年代に入ってどんどんオードリーの眉毛は
ナチュラルになっていきますよね。
動くオードリーの時代(第3期)なんか、めっちゃ自然!
50年代の濃い~いベッタリ眉毛は影をひそめて、
太さも色も自然になってます。
そのかわり、第二期オードリーでは役柄上描けなかった
目の下のアイラインが入るようになって、
オードリーの美しい目をより強調するメイクになってます。

実際は町中で撮られた写真ではもっと自然ですけども、
僕はこんなナチュラル(風)のオードリーの顔が好きですね。
やっぱり宣伝写真だと口紅とアイラインはひいてますけど、
もともとおしろいはほとんどつけないオードリーだから、
この時期のオードリーって眉毛も含めて
すべてがオードリー本来の美しさに溢れています。

そしたら「おしゃれ泥棒」ではメイクを一新!
アイラインを目の下まで大きくくっきりいれて
今までにないメイクで、今見ても斬新!
(この表現ばっかですみません…。)
こんなシャープなオードリーは初めて!
このオードリー、大好きですよ!(^-^

よく「おしゃれ泥棒」に関して初公開時に
“化粧が濃い!年をごまかして!”なんて書かれますけど、
これも太い眉毛と一緒で、そうじゃない!と思うんですよね。

なんだか「クレオパトラ」っていう映画の後、
そういうクレオパトラメイクが流行ったらしくて、
「おしゃれ泥棒」のメイクもその流れですよね。
60年代も後半ですから、“サイケ・ゴーゴー・ヒッピー”の時代。
だから化粧が濃いのは単に時代の流れだっただけ。

面白いのは、オードリーは「暗くなるまで待って」で
既にナチュラルメイクに戻ってるのに、
世間はどんどん「おしゃれ泥棒」メイクになっていくんですよね。
70年代前半、当時の日本の女性歌手なんかは
メイクが思いっきり「おしゃれ泥棒」してる。
付けまつげバシバシでアイラインべったり!みたいな。

70年代の映画雑誌やレコードジャケットなんかで
オードリーが使われる場合、
もっとも多く使われてるのが「おしゃれ泥棒」の画像なんですよ!
“化粧が濃い!”って言ってた人も、おそらく70年前後は
「おしゃれ泥棒」してたと思いますよ(笑)。

やっと時代がオードリーに追い付いた、
ってことなんでしょうねー。
それと、おんなじ隈取りメイクでも、
微妙に「おしゃれ泥棒」と「いつも2人で」は
また違うんですけどもね。
「おしゃれ泥棒」の方が柔らかい感じ。なぜ?
今も浜崎あゆみや倖田來未なんかが
正直「おしゃれ泥棒」のメイクの流れですよね。

とにかく、僕なんかどの時代のオードリーも
オードリーそのものなんですけど、
「パリの恋人」「パリで一緒に」「おしゃれ泥棒」という
美しさという観点での各時代の代表作の
オードリーの画像を並べてみると、
かなり大きくイメージが変わっているなーって思います。
もともとは(年令を重ねているという以外は)全く同じ顔なのに、
メイクだけでよくまあここまで変わるなあ~、みたいな。
別人のようだし。

「ローマの休日」初公開当時、初めてオードリーを観た人は、
13年後に「おしゃれ泥棒」みたいなメイクになるなんて
誰も思わなかったと思いますよ。
でもね、「ティファニーで朝食を」の顔、50年代とは全く違う顔!
ってふつう思いますけど、
あの有名な、キセルを持った手をテーブルにひじ付いて
にっこり微笑むオードリーのカラー写真、
髪を隠してみたらア~ラ不思議。
「麗しのサブリナ」の時と何も変わらないオードリーが
そこにいるんですよね。
やっぱ女性って、メイクとか髪型で大きく変わるもんなんですね~。

それと、半引退状態だった70年代前半は口紅の色が薄くなってます。
白黒写真だと顔と一緒のような色になってるし。
そうそう!71年に撮影された「エクスラン・ヴァリーエ」のCMでは
目の周りをパンダのようにブラウン系で塗っているメイクも
ありました。
金髪バージョンのなんですけど、これも時代ですよね~。

今でこそオードリーの顔はよく変わってる、って言われますけど、
60年代前半当時の雑誌を読むと、「ローマの休日」の時から
全然変わらない!って表現がよく出てくるんですよね~。
そうか、オードリーと共に人生を歩んだ人たちは
自分もそのメイクの流行に乗ってるから
オードリーの顔の変遷に気づかないんだろうなーって
思いました。
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オードリーが1983年の誕生日前に53才で来日したとき、
いくつかの雑誌や新聞のマスコミのキャプションで付けられたのは
「ローバ(老婆)の休日」でした。
確かにその当時はオードリー人気が一番下火な頃で、
まだ伝説化していない時でしたが、
この悪意あるタイトルにはがっくりきました。
まあ、単純に誰でも思い付くような
おやじギャグそのものなんですけどね。
おそらくこのようなタイトルを付けた人は、23年経った今、
その当時のオードリーと一緒くらいか、
もっと年をとっているでしょうけど、今その人が年に関して、
そういう扱いを受けて平気なんでしょうかね~。

日本のアパレルのワールドが1982年に“銀座リザ”のCMで
オードリーを起用することになった時、
現在のオードリーのバックに「ローマの休日」の
大きなオードリーの写真を使いたい、
という案があったそうなんですが、オードリーはそれを拒否しました。
「昔の私はきれいだったけれど、とても傲慢だった。
今は外面の美しさは衰えたけれど、内面は当時よりも磨いています。
私は今の私を見ていただきたいのです。」
と言ったそうです。さすがだなーって思いますよね。
やっぱり、オードリー!!
後ろに若い頃の自分を置いて、それで潔しとはしない。
オードリーは若さの輝きは失ったけれど、
今の自分に自信があるんですよね。
ましてや“銀座リザ”は20才あたりがターゲットでもない。
じゃあ「ローマの休日」なんて置く必要は全くない、というわけです。
オードリーは過去に囚われている「サンセット大通り」の
ノーマ・デズモンドちゃうんやし!みたいな。

今でも残念ながら
「老けたオードリーは映画に出てきて欲しくなかった」だの
「見ない方がいいです」といった心ない文章を書く
“自称:映画評論家(のつもり)”な人が一部で見受けられます。
もちろん全員が全員ではないし、「ロビンとマリアン」以外は
作品の質の問題もあるんですけどね。

でもユニセフの活動も含めて
“人間として女優として”オードリーを見ているのと、
20才代の輝きを見て“若さだけ”でオードリーを見ているのとでは
オードリーに対する愛の質が全然違いますよね?

ユニセフの仕事をするオードリーや晩年のオードリーは
表紙にもならないし、扱いも小さい。
ユニセフで必死で子供達のことを訴えるオードリーの映像は
オードリーの特集番組でもあったときにちょろっと流れる程度。
そういうインタビューで映画のことを話すオードリーを残して、
ほとんどカットされてることもあります。

そういうユニセフで活動するオードリーを
“素晴らしい!”とお体裁だけでほめつつ、
同じ文章中で晩年のオードリーを取り上げて
“老醜をさらしてほしくなかった”と書くごく一部の人たち…。

上記の文章や、「ローバの休日」って書く心ないマスコミもいるのに、
“日本はいまだにオードリーを愛している国”
という暖かいショーンのキャプション。
だから僕は「申し訳ない」と思ってしまうのです…。
>オードリーも“妖精みたい!”かもしれませんけど、
実際は人間なんですから、年をとるのは当たり前ですよね。
“老けたから”って書いた人だってとっくにおじいちゃん世代。
若い頃だけ好きだなんて、恋人を、奥さんを選ぶ時に
顔しか見てないヤツみたいで、すごいヤ!ですね。
(これはカリンさんの受け売りですけど…)
しかもオードリーは晩年、心がすっごい美しかったのに!
あれだけ世界の子供達の為に力を尽くしたのに!
…そんなとこはちっとも見てないんだね!みたいな。

しかも“50年代のイメージで食っていた”っていうのは
70年代のオードリーがどう言う状況だったかを
知らないと言わざるを得ない!ですね。
70年代はまんべんなくポスター、売ってましたよ!
むしろ60年代のオードリーの方が多かったくらい。
当時のお店で売っていたオードリーのポスターの画像、
「パリで一緒に」「マイ・フェア・レディ」「おしゃれ泥棒」
「昼下りの情事」など。
当時の「スクリーン」「ロードショー」の付録で付いた
オードリーのポスターの画像、
「おしゃれ泥棒」(これがなぜか一番多い)「いつも2人で」
「マイ・フェア・レディ」「緑の館」。
当時のポートレートも、「いつも2人で」「マイ・フェア・レディ」
「暗くなるまで待って」などのオードリーが売ってました。

今なんかとんでもないことに、本来カラーであるべき画像までが
モノクロ化されて出版されるんです!
代表的なのは、“オードリー・スタイル”という写真集。
英語版、ドイツ語版、日本版と売っているのの中身を見ましたけど、
日本版だけしか知らなくて、英語版を本屋で見た時は愕然!
英語版はかなりなカラー画像があるのに、
日本語版は恐ろしいことに、相当数モノクロ化されている上に、
省かれているものまであるんです!
…その後英語版を手に入れたのは言うまでもありません。
ちなみにドイツ語版は晩年のオードリーが表紙でした。

カメラマンは、モノクロ写真はモノクロ用に、
カラーはカラー用に考えて、よりきれいに見えるように
モノクロ用、カラー用のフィルターをかけて写真を撮るのに、
そんなカラー(あるいはグレー)バランスなどお構いなしに
モノクロ化。
カラーって、パソコンやポジなどのRGBと、印刷向きのCMYKっていう
基本の原色がありますけど、
たとえばCMYKの画像をグレー化する場合って、
本当はC(シアン)の成分はどれだけK(黒)に持っていくのか、
M(マゼンタ)は?Y(イエロー)は?
って色々考えないといけないんですけど、
そんなことちっとも考えないでモノクロ化されたオードリーが
みんなの目に触れてるんですよね。
だから、60年代終わり~70年代初期のオードリーって、
色の薄い口紅つけているから、
顔と唇の濃さが一緒になってしまってるんですよね。
かなり、これ違和感あります。

モノクロオードリーもいいですけど、本来カラーの画像なら、
カラーでオードリーを見たいと思いませんか?
オードリーの美しいバラ色の肌、
光のあたり方によってブラウンに見えたり、ブルーに見えたり、
緑に見えたりと色の変わる瞳、そのままで見たいと思いませんか?
僕は見たいです!
この日本での「ローマの休日」偏重傾向が顕著になってきたのは
1984年に始まる日本ヘラルドのリバイバルから。
別にヘラルドさんに非があるわけではなく、
単にリバイバルの順番がマズかっただけなんですよね。

ヘラルドさんに聞いた所、リバイバルの順番は
権利が取れた順だったそうなんですけど、
地味な「噂の二人」でスタートして、そのあと「ローマの休日」
「麗しのサブリナ」と続いたんですね。
それでまず大ヒットしてしまった。
すぐに「おしゃれ泥棒」「いつも2人で」なんかが続けば
いろんな魅力のオードリーが紹介されてよかったんでしょうけど、
20世紀フォックスさんのこの2作品は許可がなかなか下りなくて
ぐっと遅く、1991年のリバイバルでした。
もうその時には「尼僧物語」と「許されざる者」を除く
53~67年のすべての作品がリバイバルされてたんですよね。
ちょっと遅すぎた…!

でもその84~93年には、絶対にリバイバルはないだろうと思っていた、
オードリーが脇役の「初恋」を含む15作品がリバイバル上映され
(そのうち「戦争と平和」と「暗くなるまで待って」は
2つの会社から別々に2回ずつリバイバルされたという豪華版!)、
さらには「オールウェイズ」までリアルタイムで来ましたけど、
つい去年、2003年にリバイバルされたのは「ローマの休日」だけ。
その後リバイバルは予定すらありません。
「ローマの休日」のリバイバルがヒットしなかったわけじゃないのに、
いったいこれってどーゆーこと??

理由の1つは、80年代前半まで“現役の女優”という
扱いであったオードリーが、80年代後半のリバイバルの嵐以降、
“伝説の女優”という扱いに大きく変わったことだと思うんですね。
そこで最初にリバイバルの来た「ローマの休日」「麗しのサブリナ」
のイメージが付いてしまった。
でも「伝説」だから(ホントのオードリーは当時まだ存命なのに)、
すっかりモノクロ作品女優扱い。
オードリーのモノクロ映画って、本当はカラー作品よりも
ぐっと数が少ないんですけどもね。
なんかイングリッド・バーグマンやヴィヴィアン・リーの世代と
同列になっちゃったっていうか…。

1987年にオードリーを使った清涼飲料水、
ハウス食品の“It's”でも、「ローマの休日」の髪を切った後の
オードリーが使われました。
その後もCMで「麗しのサブリナ」「パリの恋人」「昼下りの情事」
「ティファニーで朝食を」「パリで一緒に」
「マイ・フェア・レディ」などなど、
いろんなオードリーが続きましたけど、
雑誌の表紙など、少しづつ初期のオードリーに偏っていくんです。
カラーのオードリーも減ってきて、
モノクロがもてはやされるようになってくるんですよね。
そして1993年、オードリーの死と共に日本の一般のオードリーの
イメージは、急速に「ローマの休日」固定になっていくんです!

なぜか?なぜ1993年を境に日本は「ローマの休日」だけに
なっていくのか?それは、まず当時の追悼文を書いた往年の方達が、
どっと「ローマの休日」賛美を書いてしまった。
みなさん、「ローマの休日」初公開で最初にオードリーという
衝撃を受けた方達ばかりだった。
順番にオードリー作品を見た人だったんですよね。
もっと後の世代の方達も書いていれば、「ティファニーで朝食を」
「シャレード」「マイ・フェア・レディ」なんかも
それが最初のオードリーの衝撃となって、
もっと取り上げられたでしょうけど、残念ながらそうじゃなかった。
そして一部の人は、とんでもないことに60年代以降のオードリーを
否定すらしてしまった!!!
“「ロビンとマリアン」以降を見ていない。老けたから”とか
“老醜のオードリーは見たくない。”とか
“オードリーは50年代のイメージで食っていた”!!!とか!

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