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Author:みつお
オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
別のブログでオードリーグッズの紹介もしています。
リンクで行ってみてください。
なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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出演:カリンさん
   みつお

舞台:「パリの恋人」でジョーが働いていた本屋。
   今日はお休みのようで、店長もジョーもいない。
   マギー達が荒らした後、片づけが終わったようで、
   本は既に整頓されている。
   ただし、ジョーがマギーのオフィスに持っていった本
   (エジプト王朝など約50ドル分の数冊)は売れてしまったので、
   ここにはない。本棚はその本の分のスペースが空いている状態。
   カリンさんはジョーが使用した可動型はしごに乗って、
   左右に行ったり来たりしている。
   みつおはマリオンがポーズをとっていた螺旋階段の柵に
   もたれながら、動くカリンさんを目で追っかけている。

みつおの疑問:「パリの恋人」で、マギー達が本屋をグチャグチャにして
  帰ってしまうじゃないですか〜。ディックだけ手伝いで残りますけど、
  そのディックもジョーにキスして、どぎまぎしたジョーが
  “お帰り下さい!”なんて強がり言ってると、
  “わかったわかった”なんて言って体よく逃げてますし…。
  あのあとジョーはたった1人であの本全部を片付けたんでしょうか?
  ものすごい時間もかかっただろうし、
  きっと店長にもこっぴどく叱られたんじゃないかと思うんですけど…。

カリンさんの回答:あのあと、ジョーはキスされて歌ってるじゃないですか。
  それですっかり夢見ごこちなわけですよね。
  ずっと鼻歌歌いながらゆっくり片付けてるんですよねー。
  それで店長が文句を言おうもんなら、
  くるくると踊りながら、かる〜くはしごで
  ガッツ〜〜〜〜〜ン!と威嚇攻撃。
  (実際にカリンさんははしごですべって見せて、
  ガッツ〜〜〜ン!!と音をたてる。みつおびっくり。)
  すっかりビビってしまった店長はジョーに何も言えないんです!

み:(爆)。
  そのあと、3人でパリに到着して3人バラバラにタクシーに乗りますけど、
  わざわざ1人1台づつ?みんな一緒に乗れば、
  ジョーも次の日の予定とかも聞けたでしょうに…。
  ホテルはみんな違う所に泊まったんでしょうか?
  いったいなんでですかねー?

カ:みんなタクシー好きなんです!!(断言!)

み:“素敵になるには”なんかだと、
  オードリーとマギーが初めて歌うはずなのに、
  踊りが揃っているのはなんでですか?

カ:彼女たちに宿る「踊る」血がそうさせるのです(爆)。
  (カリンさん、はしごから降りて、マリオンが残していった
  ライム色リボンのついたオレンジの帽子をかぶって
  ジョーの踊ったようにくるくる回り始める。)

み:それと、ラストでオードリーはウェディングドレスを着たまま
  ファッションショーから出ていっちゃいますけど、
  たしかファッションショーは晩だったはず!
  ところが、ディックが教会に迎えに行くのは日光が燦々と。
  ジョーはあの格好のまま、一晩中あそこにいたんでしょうか…?

カ:“ディックはきっと迎えに来てくれる!神様、ディックが来ますように!”
  って一晩中教会の中で祈ってたんです。
  (カリンさん、今度は唐突にジョーがパブで踊っていた共感主義のダンスを
   踊り始める。みつお、手がつけられないのでカリンさんを放っておく)

み:なるほど!でもジョーの目の下に隈が出来てない所を見ると、
  ジョーは時々居眠りしながら祈ってたんですね〜(笑)?
  これで「パリの恋人」の謎が解けました!
  カリンさん、本日はありがとうございました!

カ:いえいえ。また、なんでも聞いて下さいねー。
  (と言いつつ、もう一回可動はしごで左から右までしゅーっとすべって、
  ガッツーン!と音をたてた後、入り口に置いてあった、
  なぜかわざわざカリンさんが持参したはしごを
  “よいしょ!”と言いながら抱えて最後に手を振って出ていく。
  なんとなくディックが“キッスして仲直り”を歌ってジョーのパリの住居から
  出ていく時に手を振る仕種に似ている。)

2004年9月6日
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で、ドヴィマとオードリーが並んでるシーンがあるんですけど、
確かにね、50年代のファッション雑誌という観点から見ると、
オードリーの顔ってやっぱり“ファニー”ですよね。
まるで彫刻さながらの当時のモデル達の顔と比べて、
ちょっとそういう顔ではないような…。

当時の雑誌でも書いてるんです。
完璧に見えるオードリーの体型も、
モデル、という意味ではちょっと欠点があるらしいんですね。
それはバレエで鍛えた足が、スーパーモデル達よりやや太いということ。
確かに、オードリーの生足が写っている画像では、
オードリーのイメージよりちょっと太い
太ももに気付くんですけどね。

で、この2人のシーン、可笑しいですよね〜!
オードリーは本の説明をさせられて真面目なこと喋っているのに、
ドヴィマはそんなこと全然聞いてなくて、いろんなポーズとってる!
このドヴィマ扮するマリオン、確か“理知的に見えるような”
写真を撮っているはずなのに、このシーンでは
ますますおバカに見えてしまうんですよねー(笑)。
そして横で無意味に説明を続けるオードリーのジョーも相当おバカ。
“この人…いったい何やってるの!?”なんて言って、
まるで宇宙人を見るような目つきでマリオンを見てるし(笑)。
でもここで、写真のモデルさんって、こうやってポーズ作るんだ!って
裏事情がわかりますよね。
写真に写らない洋服の後ろは洗濯ばさみで絞ってあるし。
動いて見てたら変だけど、一瞬は素晴らしい。
その素晴らしい瞬間をカメラマンが切り取っていくんだなーってね。

その後、オードリーはパリに連れていかれて、
見事“極楽鳥”に変身するんですけど、
そこからまたまた素晴らしい撮影中の場面が展開されていきますよね。
凱旋門、セーヌ川、花屋、オペラ座、ルーブル美術館、などなど。
ほんっとに綺麗なオードリー!モデルとしても完璧!
…でも、ちょっと待って!
たしかオードリーは“ファニー・フェイス”で、
さっきもドヴィマに比べると、当時のモデル顔ではないよねってこと
書きましたよね?なのになんで完璧?

これはですね、“人形”であることを要求されるモデルと違って、
オードリーが女優であるからなんですよね。
この映画って、“動く”ファッション雑誌って事を意識して作られてる。
となると、一瞬だけ完璧であるモデルが必要なんじゃなくって、
動く姿が美しく、喋っても素敵で、表情と感情の豊かな女優、
しかもプロポーションもモデル並みという
トータルな美しさを持った女優が要求されるんですよね。
今でこそグラマーなモデルさんもいますけど、
当時はまだまだ洋服のシルエットを崩すような
そんなモデルはいらない&いない時代ですしね。
ある本に書いてありましたけど、口を開けたり閉めたりするって、
単に喋ってるだけでも、うっかりすると下品に見えるらしいんですよね。
それにまばたきとかも、雑誌のモデルはしちゃいけないけど、
映画はずっとカメラが回っているんだからしないわけにはいかないですよね?
だから映画でのモデルという役で、プロポーションといい、動き方、姿勢、
そしてかわいい仕種・表情・喋り方にいたるまでオードリーは
このジョーに完璧であるわけなんですよね〜。

さて、撮影中のあの動画と静止画の見事な場面!
ドヴィマの時はおバカさんに見えてしまうポーズを作る過程も、
オードリーの時にはどの瞬間も美しく見えるように
撮影の角度・動き・照明などのプランが綿密に練られているのがわかりますよね?
“雑誌”を作っているんじゃない、“映画”を作っているんだ!という。
どの瞬間も美しく、でも一瞬を切り取ってもちゃんと絵になっている!
なんて素晴らしい!見せる・魅せるの両方で満点の映画です。

さて、吉村英夫氏の著書やその他なんかで、
“ソフトフォーカスにして、動きまでがぼやけてしまい、
躍動感を殺してしまったのでミュージカルとして失敗。”
などと書いてあるのをみるんですけど、
僕はどう考えてもこの映画の押さえる所を間違えて、
ツボをはずしてしまった見方としか思えないんですよね。
確かに「パリの恋人」はミュージカル形式なんですけど、
ソフィスティケイティッドの王者パラマウントの映画で、
オードリー映画で、ラブストーリーであり、
何よりも美しくあらねばならない動くファッション雑誌である!
というこの映画に、そんなバッタンバッタン足を振り上げたり下ろしたりという
シャープな動きが必要だとは思えないんですよね。
なにより『Vogue』や『ELLE』などで映画の1シーンが載っても
全く違和感がないほど充分に美しくなければならないわけですから。
「ウエストサイド物語」や「サウンド・オブ・ミュージック」
のような傑作でも、映画特集でない限りはそれらの雑誌には
取り上げられるのは難しいかもしれませんけど、
「パリの恋人」なら他のファッション画像と並んでも、
全然見劣りしないんですよね。
だから、そういう映画評論家でもなんでもない人達の書いた
“はずした”文章って、読んでてイライラするんです(笑)。

この作品をオードリーのベストに推す“同志”カリンさんもおっしゃっています。

“「ラブストーリーになると、話がもたつく」とか、
「アステアの年齢と、超一流ではないオードリーのダンスのせいにするのは」
とか、本編と何ら関係無いところでのツッコミ。
アステアの年齢は作品に全然影響を及ぼしていない。
そもそも、オードリーの映画のコンセプトに恋愛は付き物だけど、
あえて年齢差のあるアステアを持ってくることで、
妙にリアルな恋愛模様を払拭している。
もしこれが、歳も近い俳優だったら「勝手にやってろ!」と言いたくなるけど、
若いオードリーに翻弄されるアステアの味、
若さ爆発のオードリーとの対比がとても絶妙だと思う。
この映画から恋愛を取ったら、何を軸に話を作れば良いんでしょう?

心眼で見ていない人には語ってもらいたくない(爆)
途中だれると言う恋愛シーンも、マギーとディックの小気味良いダンスシーンで
しっかりと締められており、観客を飽きさせることは無いはず。”

そうそう!そうですよね!さっすがカリンさん!
僕が文章力がなくって、うまく表現できないことを
しっかりおっしゃってくださいます!(^-^

映画って、単に志(こころざし)が高い低いだけで
価値が決めれる物ではないと思うんですよね。
芸術性が高いものや、真面目な物が良い映画なわけじゃない。
映画の技法が出来を左右するわけでもないし。
ましてやこれは“オードリーの”映画ですよね?
オードリーを見ないでどうするの!みたいな。
そういう“はずした”文章を書く人たちって、どーもそこの所勘違いしてる。
見るべき視点を誤ってる。
娯楽作品に志を求めてもしゃーないやん!って言いたくなります。
この「パリの恋人」はエンタテインメント作品として、
他の“志の高い作品”と並べてもなんら遜色のない、
立派に一流作品なんですよね。

押さえる所を間違えていないちゃんとした映画評論家の方達は、
初公開当時から“大傑作!”という扱いです。
もともとミュージカルに弱かった日本では、
同年公開の「昼下りの情事」の方が一般受けもしましたし、
興行成績もよかったようですけど、
「パリの恋人」の方がより素晴らしい!と書いてらっしゃる方も
多々見受けられます。
当時の「映画の友」という雑誌でも、「パリの恋人」のことはベタ褒めです。
「ローマの休日」「麗しのサブリナ」と続いたブームも去り、
「戦争と平和」と言う原作が先に立つ映画では
そんなにオードリーが際立たなかったみたいで、
ちょっとインパクトの薄れたオードリーだったのに、
「パリの恋人」と「昼下りの情事」という2大傑作を引っさげて、
また話題の中心になることは間違いないだろう!
と、かなりな誌面を割いて、熱っぽく予見している批評家の文章が載っています。
そして、1957年はその予見の通りになっていくんですよね〜。
この方も、「パリの恋人」よりも「昼下りの情事」の方が
日本では受けるだろうけど、「パリの恋人」のオシャレ度満点の
パラマウントカラー、そしてすばらしいミュージカルに感激して、
明らかに「パリの恋人」の方を気に入ってますねー。
後年、オードリーの全作品でこの「パリの恋人」のオードリーが一番美しかった!
と述べておられる批評家の方もいらっしゃいます。
敬愛する双葉十三郎さんの点数でも80点!
これは「麗しのサブリナ」「昼下りの情事」「シャレード」
「マイ・フェア・レディ」「いつも2人で」「暗くなるまで待って」
と並ぶ点数であり、傑作!という評価なんですよね。

それにこの鮮やかなファッション!
これにも触れないわけにはいきません。
ジヴァンシーが“これはファッション業界の話だから、
当時自分が作りたかった物を作らせてもらいました。”
って述べてますけど、確かにすごいですよねー。
若いオードリーに合うように、完璧に作られた衣装の数々!
でもって、今シーズンの流行りもそうですけど、50'sの衣装なのに、
この時代の洋服が流行する度にまた圧倒的な力を持って蘇る!
「ティファニーで朝食を」だけでなく、「パリの恋人」の衣装も
時代を越えてお手本であり続けるんですよね。
イディス・ヘッドの衣装も普遍的な魅力があるし、
いつ見ても新鮮なファッションの数々。
この映画がどんなに凄いかってことは、
「パリの恋人」を見てデザイナーになろうと決意した人が
相当いるっていうことでも知れますよね!

さて、傑作でありながら、突っ込みどころの多い「パリの恋人」(笑)、
湧き出る疑問に快刀乱麻の回答をしてくれるカリンさんの
カリン劇場が間もなく始まります!
開演のブザーがなる前に、席におつきくださいね〜。

2004年8月2日 改訂2004年9月6日
今回は「パリの恋人」について。

「パリの恋人」は、今見てもとっても画面が斬新ですよね!
オードリー自身も“今見ても新鮮です。”って
インタビューで答えてますし。
画面の構成のオシャレ度では、「いつも2人で」と並んで
オードリー作品では双璧だと思ってます!!!
どちらもスタンリー・ドーネン監督の作品。

でこの作品はですねー、最初見た時と今との自分の中での位置が
全然違う作品なんですよねー。
最初見た時はテレビ放映だったんです。
その時はオードリーの声、池田昌子さんじゃなかったので、
ものすごい違和感があって、どーもそれが気になってしかたなかった。
その上90分枠だったので、いまから思うと
ブチブチカットされてたんですよねー。

さらに!僕はあんまりミュージカルに酔えないタチみたいで、
“わー、最低のオードリー作品だー!”っていうのが
初めの印象なんですね。
おそらくその当時にこんなエッセー書いてたら、
ものすごいヒドイ事書いてると思いますよ。
それで後にそれを読み返して
“なんてバカなんだー!”って自己嫌悪に陥るという(笑)。

「マイ・フェア・レディ」は同じミュージカルでも
オードリーは怒ったり嬉しい時に歌ってる。
これはものすごい理解できるし、
レックス・ハリスンは歌うと言うより、喋りに伴奏付きって感じですよね。
だからミュージカルというのを意識せずに作品にのめり込めたんです。

でも、この「パリの恋人」はもろミュージカルですよね。
オードリーがやっちゃうんですよ!
え?何を?って、街中で歌い出しちゃうんです、唐突に!!!
♪ボンジュ〜ル パリ〜♪って!
こんなんおかしいやーん!みたいな。
「きれいになるために」というナンバーでも、
初めて歌う曲のはずなのに、マギーとジョーの振り付けが揃うしね。
こんなのフツー考えられないでしょ?

なんといっても最初見た時一番イヤだったのが
オードリーがパブで踊り狂う所。
オ、オードリー、どうしちゃったの??頭、大丈夫???って
見ているこっちが恥ずかしい!みたいな。
あのシーンでオードリーを見ているアステアの気分(笑)。
というわけで、最初は僕の中では最低のオードリー作品。

今の「パリの恋人」の僕の中での位置付けはというと、
50年代のオードリー作品の中でも一番好きな作品なんですよね!
どえらい最初と位置付けが変わってますよね?
これは何度も何度も見直しているうちに、
“あれ?あれれ?なんか凄いぞ、この作品は!”ってんで
どんどん自分の中でのランクが上がって行ったんですね。
楽しいし、美しいし、何度見ても新鮮だし、素敵なストーリーに音楽。

それに、ここでのオードリー、ストーリーに流されて行くだけじゃなく、
自分で動こうと努力しているんですよね。
最後は50年代のオードリーではあるんですけど、
60年代で明確になる“動くオードリー”のハシリは
この作品から始まっているんですね。
もし、“嫌いだから”って理由で再見しなかったら、
この映画の良さに気付かなかった!って思います。
そんなことになったら、えらい損してますよね。あー、見直して良かった!

この作品、カラー設計もすごいですよね!
さすがリチャード・アヴェドン!
アヴェドンはオードリーとすごいゆかりのあるカメラマンですよね。
オードリーがアメリカで一番最初に見たのがアヴェドンだった、
って言ってますしね。
「ジジ」から始まって、晩年のオードリーまで、数々の画像を
残してくれてます。

で、50年代のファッション雑誌をめくるようなタイトルバックから始まって、
日本の、とあるCMでもパロられたことのある編集室のカラフルな扉たち。
そこで展開する「ピンクで行こう!」のナンバー。
時代的にまだフィルムの合成が技術的にうまくいかないためか、
つないでる部分でうっすら筋があったりはするのですが、
もう50年代のファッション雑誌そのもの!
って世界が展開されますよね。
女の子全員の衣装も微妙に違うのがこれまたオシャレ!
これでもかというくらい目にも綾な場面が展開されていきます。
特に、僕の好きなピンクがメインだし!!!
オードリーはまだ出てきてないんですが、
もうここですっかり映画に引き込まれてしまってることに気付くんですよね!
監督も「シャレード」「いつも2人で」のスタンリー・ドーネンだから、
画面も衣装も内容も、もうこれは第1級のオシャレになるのは必然ですもんね!

さて、そのあとで当時世界一のスーパーモデル、ドヴィマが登場し、
そうしてオードリーのいる古本屋に向かうのですけども、
このドヴィマ、声を発すると彫刻のようなお顔にそぐわない声なんですよねー。
なんかどちらかと言うと低めの声で、落ち着いた喋り方なのかな?
と想像するのですけれど、実際に喋ると“キ〜、キ〜ッ!”って感じの
まるでジュラ紀の怪鳥か?みたいな声。
本当にドヴィマがそんな声だったのか、
映画だからそんな声を出させているのかはわからないんですけど、
えらい扱いですよね。スーパーモデルに幻滅しちゃうくらいヒドい。

えらい扱い、といえば、オードリー扮するジョーがかぶれているという
共感主義。これもえらい扱いです。
教祖からしてもうどう見ても、うさん臭いですもんね。
これって当時サルトルが提唱していた実存主義のパロディなんだそうですけど、
「パリの恋人」を見て実存主義の人は怒らなかったんでしょうかね?

でも実存主義だけを笑い者にしているのではなく、
アヴェドンが当時いたファッション雑誌の世界に関しても
最初の編集室でのシーンやドヴィマの扱いで、
さらにはミス・クオリティの発表会で徹底的にカリカチュアライズしてますから、
なにも実存主義だけをヒドイ扱いにしたんじゃないんですよね。
大人であるパリっ子たちもいちいちそんなことで目くじら立てることじゃない!
って思っていたのかも。

で、やっとオードリーが登場するシーンになるんですけど、
古本屋のはしごに上っているオードリーに気付かず、
フレッド・アステア扮するりディック・エイブリー
がその可動型のはしごを勢い良く押してしまうので、
オードリーは“キャ〜〜〜〜〜!”って叫んで端まで行ってガッツーーン!!!
たしかに、たしかにね、画面では最初オードリーがいるってわかりませんよ。
でも、はしごにいるジョーもあんなドヤドヤ入ってきて“いらっしゃいませ”
って言わないのかな?みたいな。
(なんなんだコイツら!って思っていたのかもしれませんけどね。)
ディックやマギーも全体を見渡さないもんなんでしょかねー。

で、こういう突っ込みどころが「パリの恋人」には
やたら多いんですよね(笑)。
でもそんな隙が多い作品である、というのも
この作品を愛してしまう理由の一つなんです。
“隙”と言っても、重要な部分ですきま風が吹いている、という
作品的に出来が悪いって事じゃないんですよ。
むしろ、自分で想像する余地が多く残されている、というべきかな?
この辺はあとで“カリン劇場”でやっていただきますね!
お楽しみに。

2004年7月23日 改訂2004年9月1日
 最近映画館ではMX4Dや4DXというものが出てきました。
 今までの3Dに加えて、以下のことが体感出来るという物。

 MX4D
 ・前後左右上下のシートの可動
 ・噴射
 ・風
 ・水しぶき
 ・香り
 ・霧
 ・ストロボ
 ・首元への感触
 ・背中への感触
 ・足元への感触
 ・シートの突き上げ
 ・地響き 

 4DX
 ・前後左右上下のシートの可動
 ・エアー
 ・風
 ・ミスト
 ・香り
 ・
 ・フラッシュ
 ・
 ・


 オードリーの時代にはもちろんそんな物は無かったのですが、もしオードリー作品で4DXやMX4Dが出来るなら…というのを書いてみたいと思います。

 オードリーの作品って基本はロマンティック・コメディが多いので、4DXやMX4Dは不向きかとは思うのですが、その中でも一番4DXやMX4Dに向いているかな?と思うのが「パリの恋人」。
 なので第1回目は「パリの恋人」から取り上げることにしましょう。



 まずは編集長マギーが歌う “Think Pink ! ” の部分が最初になるかと。
 “なんでもピンクにチャレンジしよう!”と歌うシーンで、実際に映像に流れる所がありますが、そこでの最初の雨の中を車から御婦人が出てくるシーン。→もちろん雨。
 シャンプーのシーン→泡と水
 歯磨きのシーン→ミントの匂いと風
 ブランコのシーン→風

 場面は移ります。
 古本屋を見つけて入るシーン→古本の匂い
 ジョーの上がっているハシゴを動かすシーン→椅子を揺らす。ハシゴが止まるタイミングで急に止める。
 撮影シーン→フラッシュ

 ジョーが出版社を追いかけられるシーン→椅子を揺らす
 飛行機でパリへ!→シートをちょっと上に傾ける、風

 “ボンジュール・パリ!” のシーン→軽い風
 噴水→ミスト

 ディックがジョーを探しにバーに入るシーン(後半部も)→煙と軽いタバコの匂い

 ジョーの撮影シーン→全てフラッシュ
 さらに
 凱旋門→雨
 汽車のシーン→霧
 花市場→花の香り
 噴水前で鳩と一緒に→羽ばたきの時のエアー
 ルーブル美術館→風
 教会→森の香り

 ミス・クオリティ発表会でジョーとディックが幕裏で言い争っているシーン
 言い争い→椅子が揺れる
 噴水を倒してしまうシーン→水しぶき&椅子が傾く
 扇風機での風→風と地響き
 扇風機でVIPに水がかかる→風と雨と地響き

 フロストル教授のサロン→霧と軽いタバコの匂い
 教授がジョーを口説く→首筋に触る感覚
 ジョーが教授を殴る→椅子を急に落とす

 ファッションショー→オードリーが通る度にジバンシィのランテルディのような匂い

 飛行機前でディックと教授が会う→風

 教会の裏のラストシーン→森の匂い

 上記だけだとちょっと寂しいので、他にも階段を上がるシーンやオードリーが踊るシーンに合わせて椅子をリズムをとる、などもいいかもしれません。
 今年、「スクリーン・ビューティーズ」で「パリの恋人」がリバイバルされましたが、劇場に見に行って、同じオードリーファンの友人のカリンさんなどと、ひと回り昔に話していた「パリの恋人」の謎を思い出しました。今回はそんな話。

 「パリの恋人」は1956年撮影の1957年発売作品。この作品の前には大作「戦争と平和」を撮っており、「パリの恋人」撮影後には「昼下りの情事」「マイヤーリング」と続きます。

 撮影時のオードリーの年齢は26〜27才。映画の発売年度が製作年度となるので、57年のこの作品を“オードリー28才” なんて思ってる人が多数いるので、訂正しておきますね。製作は57年度でも、撮影は56年の春〜夏ですからね。撮影の約1年後に公開って、映画はそれだけ昔は手間ひまかかったということです。

 さて、ロマンティック・コメディ・ミュージカルの「パリの恋人」、ストーリーは単純だし、どこに謎が?と思う方もいらっしゃるかも…。

 一番の“謎”は、ラストですかね。
 喧嘩してしまって、もう恋人のディック(フレッド・アステア)は飛行機でアメリカに帰ってしまったんだわ…と大成功のショーがP.M.10:30に終わった後、オードリー演じるジョーは泣いてウエディング・ドレスのままで飛び出して行くんですよね。

 結局、ディックは飛行機に乗ってなかったので、ジョーを追いかけて、衣装の撮影で使った教会で再会して、緑の木漏れ日も美しい教会の裏庭で二人で踊るんです。

 えっ、緑の木漏れ日!?
 そう!ここなんです!!確かジョーがショーを出て行ったのは晩の10時半。なのに、教会で再会した時はすっかり朝!(ヘタすると昼かも)
 えーーーーっ!ジョーはここで徹夜して泣いてたのか!?夜は暗い森の中で??

 オードリー作品のロケ地を調べるには、ここが一番!という inagara さんのサイト、“居ながらシネマ”でロケ地も詳しくわかるんですが、この教会はパリ郊外のシャンティイ近くの“Château de la Reine Blanche”。

 パリからの直線距離で約50kmくらいでしょうか。だいたい、そこまでジョーは何に乗っていったのか、という疑問もあるんですけどね。電車?それとも夜も遅いしタクシー?タクシーだと、ものすごい値段になりそう…。
 どっちにしても花嫁衣装のままで泣きながら乗ってると、周りの人や運転手さんもちょっとどうしていいか困りますよね。

 そんなリアルでの距離ではなく、映画でにおわせているような、すぐその辺にあった教会、という設定でもいいんですけど、そうすると、ジョーの夜の森で泣いてた時間がますます長く…。

 だいたい、こういうオートクチュールのファッションショーの衣装って、展示即売会的意味合いもあるのに、マリエ(ウェディング・ドレス)がないことに、デザイナー本人も含めて誰もショーの後に気づかないってのもどうかとは思うんですけどね。

 他では、最初にマギーやディックや撮影隊が古本屋に入って来た時、一言も発しないで&身動きもしないで梯子に上ったままのジョーにも“?”。
 “いらっしゃいませ。”はないんでしょうか。それともあまりの大人数にビックリして固まってた?
 あれじゃ梯子を動かされても文句は言えんやろ。てか、逆に撮影隊も誰もジョーに気づかなかったのか?中を見渡したはずなのに?

 続いてはパリに着いてから。“疲れた〜、もうヘトヘト!ホテルに行って休みましょ!”って嘘付いてまで、みんなタクシーに乗ってパリの観光をするんですけど、3人とも別々のタクシーに乗って行くんですよね。
 えっ、みんな別々のホテルなの?

 まあマギーは権威あるファッション雑誌の編集長だから、どっか豪華なホテルのスイートで、みんなとは違うのかもしれませんけど(最初にホテルリッツで踊ってるし)、ディックとジョーまで別々??
 ま、確かにジョーはちっちゃな宿に1人で泊まってましたけどね。ディックはホテル・ラファエルだし。仕事で行ってるのに、どんな宿泊プラン!?って思っちゃいます。

 で、その翌日。デザイナーのサロンに、肝心のモデルのジョーが来ない!ってみんな大慌て。
 前日みんなで踊ってたけど、肝心のスケジュールをちゃんと打ち合わせしてないわけ?ジョーは後で聞いてなかったって言うし。

 スケジュールを連絡していない(渡してない)マギーもマギーなら、仕事で来てるのに予定も聞かずにとっとと遊びに行っちゃうジョーもジョー。

 で、“モデルはどこなんだ!”って怒るデザイナーのポール・デュバルに、マギーは“エッフェル塔のてっぺんにぶら下がってるか、セーヌに沈んでるか、私にわかるわけないじゃない!”と応戦。
 いや、そこマギーがエラそうに言える立場じゃないですから…。(^^;;;

 あと、ジョーとディックが喧嘩して、ミス・クオリティ発表会も台無し。ジョーは逃げてしまって、ファッションショー当日もショーの会場に行かずに信奉している哲学者のサロンに行っちゃうし。
 仕事でパリに来たのに、どんだけ責任感ないねん!って感じ。こんなの許されるんですかね(笑)。

 それに、最初ディックに突然キスされた時は、“どうしていいかわからない…。”って程度の反応なのに、信奉している教授に迫られそうになった時は置物で殴り倒して逃走。ジョー、自由すぎます(爆)。

 初めて歌った曲が合ってるとか、踊りが揃ってるってのはミュージカルのお約束なので追求しないにしても、突っ込みどころ満載の「パリの恋人」なのです。

 あ、でもこの作品がキライとかでは全然ないんです。むしろ逆。50年代のオードリー作品では僕は一番好き!「ローマの休日」よりもね。

 タイトルバックからしてオシャレだし、何と言ってもオードリーがいい!
 監督がスタンリー・ドーネンだと、オードリーは特別な魅力を発揮するんですけど、この作品でも、他の50年代の作品と違って、本当にオードリー弾けてます!笑顔もすっごい多いし。

 コアなオードリーのファンは、“スタンリー・ドーネンがオードリーを最もうまく活かした監督だ!”って言う人が多いんですけど、僕もそう思います。
 他の作品は、監督の決められた枠内で制御されてオードリーが演じてるんですけど、ドーネン監督の作品はその枠がググーンと拡がるというか、枠を超えてオードリーが自由になってる気がするんですよね。なのでオードリーがより輝く。
 「シャレード」も「いつも2人で」もそうですよね。

 ところで、今市販されているDVDの字幕の高瀬鎮夫さんの翻訳は、すみませんが、正直いただけません。吹替の桜井裕子さんの方が遥かにいい出来に仕上がってます。

 高瀬鎮夫さんが名翻訳者だっていうのは知ってます。「暗くなるまで待って」なんかもめっちゃいい訳ですし。
 でも「パリの恋人」の字幕は感覚が古すぎます!

 “ベージュ” が “とび色”。今時、とび色でわかる人ってどれくらいいるのでしょうか?ベージュの方が遥かに通ってますよ!
 他にも“とき色、かば色お断り!”って、それどんな色?みたいな。色目も浮かびませんし、“どんな色?”って思ってる段階で映画から気持ちが逸れてる。これはマズイです。

 カラーコーディネーターの勉強とかしてないと、そういう和名はもう一般的じゃないと思うのですけれども…。しかも調べたら、とき色はピンクの系統だし…。
 正直、そういう色名でわかるのって、今70〜80才代の方達?

 “スプーン” の訳も “さじ”って…。妙にマギーの話し方も堅い。マギーが最初の方で“D”の英語に掛けてる所も、吹替の方が上手にDと絡めていていいです。

 なんかあまりにも訳が大時代がかっていて、斬新な「パリの恋人」がレトロの世界に追いやられてるように思います。
 ビデオ&レーザーディスクでの字幕の時の方が上記の欠点を全てクリアしてて、遥かに良かったと感じてるんですが…いかがでしょうか。

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