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Author:みつお
オードリー・ヘプバーンのファンです。最近は色々とオードリーに関して調べています。
一番好きな映画は「いつも2人で」。
どうぞよろしく!
別のブログでオードリーグッズの紹介もしています。
リンクで行ってみてください。
なお、画像や文章の無断転載はお断りします。

©おしゃれ泥棒 オードリー・ヘップバーン!by みつお


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 オードリー・ヘップバーンの作品「昼下りの情事」の中で、髪を洗うオードリーのアリアーヌに対してお父さんのモーリス・シュバリエが言うセリフがあります。

 “この3週間で17回もシャンプーしている。なんだかとても怪しい。”
 ここ、えっ!普通は毎日洗わないの??と思った方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。

 これに関しては別の方のブログに資料が載っていました。
 “リンク等ご自由に”とのことでしたので、貼っておきますが、こちらに昔の洗髪の事情が書かれています。

 それによると、
明治時代
 1906年…少なくとも六週間に一度
 1911年…少なくとも月一回くらいは洗浄して
大正時代
 1914年…男子は一週間に一二回婦人は月に一二回洗髪して
昭和時代
 1926年…冬は少なくとも月に二回はするようにし春から夏へかけては月に三四回は

だそうです。今考えるとかなりコワイです。

 さらに、“1950年代でも月2回とか夏は5日~10日に1回とか(中略)1960年代でも、2週間に3回、1970年間近で1週間に1度とかの場合も、美容の本での推奨”とのこと。

 そう、ここで載っているのはあくまでも美容の本での “推奨”なので、現実の一般人ではもっと少なかったと推察されます。中には40年50年洗わない人もいたとか…。

 僕は美容師の息子だったので全然意識せず、美容院用の高級シャンプーを使って70年代は2日に1回洗うのが普通でした。



 それが毎日に変わってきたのは80年代、松田聖子の聖子ちゃんカットに代表されるようにブローが一般的になってきてからです。

 それまではブローという技術はなく、今なら簡単にカットとブローだけで作れそうな1953年撮影の「麗しのサブリナ」のヘアスタイルもピンカールでパーマ&セットの技術で作られていました。

 「おしゃれ泥棒」の髪型もピンカールで作る方法が載っているパンフレットも存在します。

 1943年の映画、「誰が為に鐘は鳴る」のイングリッド・バーグマンの髪型を、ファンがどうすれば維持できますか?という問いに、“これはヘアメイクさんが常に付きっ切りだから出来るのよ”と言っていたという逸話がありますが、当時は髪型を作るのは大変なことでした。

 オードリーも撮影中は髪型を維持するために、ヘアメイクさんが付きっ切りだったことと思います。

 今では夏場やスポーツをする人は1日2回の洗髪も当たり前にあるんじゃないでしょうか。

 でも欧米では多少違ったにせよ、昔は5〜10日に1回の洗髪などという状況ですから、「昼下りの情事」の撮影&公開当時は21日間で17回の洗髪は “怪しい!”と思われるほど異常に多い数字だったのだろうな〜と思われます。
 やはり好きな人の前ではキレイでいたい女心ですよね。

 「ローマの休日」のヘプバーン・カットが公開当時に日本で大流行したのも、“当時は頻繁に髪を洗ってない人が多かったから、手入れが楽だったからだよ”という記事もありましたし、本当に1週間に1度くらいだったのでしょうね。

 物凄く臭そう!…と思いますが、みんな洗ってなかったのであんまり気にならなかったのかな?



 なお、シャンプー事情についても少し言っておくと、昔の1か月に1回しか洗わないような時代には強力に洗う力が必要なので石鹸が有効だったのでしょう。

 それが2〜3日に1度になると石鹸じゃあキツすぎるということでラウレス硫酸ナトリウムなどの洗浄剤(界面活性剤)の入ったシャンプーが出てきて普通になってきましたし、今でも市販の物では主流です。

 でも毎日や1日に2回も洗うとなるとそれも洗浄力がキツすぎるので、僕としてはアミノ酸のシャンプーをお勧めします。

 シャンプーも日進月歩で進化しているので、より良い自分に合ったアミノ酸シャンプーを見つけてくださいね〜。

 あーでもアリアーヌが清潔で良かった…(-_-;)
Embed from Getty Images「いつも2人で」は映画公開当時、結婚12年の中年夫婦の倦怠期を描いた作品なんて言われてたんですよね。
 でもこれ、オードリーは18才〜30才の役なんですよね…。

 ちなみに、ここへお越しいただいている、大好きなまるさんが調べてくださったことで、「いつも2人で」に出てくるパスポートによるとマーク1933.8.22生まれ、 ジョアンナ1936.7.11生まれ。イギリス・サリー州在住という設定が明らかになっています。

 公開当時の30才なら仕方ないのかもしれませんが、作家の林真理子さんが書いてらっしゃったように、“30才で中年扱い!?”とは確かに思います。
 今の30才なんて、まだまだ若い青年時代ですもんね。

 それに以前から思ってたんですけど、この映画は12年にわたる6度の旅の映画ではあるんですけど、1954年から1966年(撮影年)を描いた作品ではないですよね。
 どっちかっていうと、その12年は全て1966年くらいという設定じゃないかと思います。
 サントロペの海岸みたいな、過去を意識したシーンもあることはあるけど。

 というのも、小道具や衣装、そしてメイクに昔の雰囲気を出そうという意図が全く見えないですよね。オードリーを見れば一目瞭然なんですけど、メイクも衣装も髪型も、全部撮影当時の1966年を意識したもの。

 アイメイクはずっと変わらず1966年のクレオパトラメイクだし、結婚後2年というセリフが出てくる友人家族との2回目の旅での髪型は、明らかに1960年代後半の、トップを盛り上げて、垂らした長い髪は外はねという髪型。1956年にしようという意識が無い。

 それからさらに2年後くらいであろう中古のMGでの旅でも、オードリーは超ミニのテニスウェアみたいなのを着てるし、全然1958年頃の衣装じゃない。

 オードリーの1950年代の映画やスチール写真を見ればわかる通り、50年代の女性の衣装だと、まだまだふくらはぎまであるほどスカートの裾は長いし、54年だったらフレアースカート、56年頃だったら「パリの恋人」風タイトスカートか「昼下りの情事」風腰から広がったスカート、みたいな感じで、「いつも2人で」で描かれているものと全然違う。

 これ、時代考証がなってないんじゃなくて、監督のスタンリー・ドーネンが意図的に、わざとやってますよね。
 なんでだか今まで誰も書いてないので、ここで世界で初めて書いたよ、って言っときますね。文章をパクらないでね(笑)。

 映画の年度の設定は1966年という単一年で、その中でマークとジョアンナは12年過ごしてる。
 サザエさんの世界のようでいて、そうではない不思議な空間で2人は生きてる。

 この時代臭の無さが、映画の中で色んな時期が交錯するのにピッタリ合った設定だし、新しさを醸し出してる。
 違う時代の2人が何度もニアミスするのも、実は同じ年なんだったら全然不思議じゃない。

 いわば、1つの世界に6本の平行宇宙が同時にあります、って感じですよね。そして、その平行宇宙の過去に当たる記憶は持ってるという、SF小説でも未だ描かれた事の無い、もの凄い斬新な設定かもしれないという…。

 これって、監督のスタンリー・ドーネンのある意図が隠れているのかも…と思います。

 別に平行宇宙を描くSFにしようとしたんじゃないでしょうけど、12年前も今も同じ1966年の感覚で描くことで12年前を “過去のノスタルジー” にはしようとしなかった、ってことは意図としてあったんじゃないかと。

 今だとテレビなどで昭和を描く時に「Always 三丁目の夕日」(オードリーの「オールウェイズ」じゃないよ)の音楽を使って郷愁たっぷりに昭和50年代でも60年代でも昭和20年代や30年代のように押し込めてますよね。

 でもスタンリー・ドーネン監督は、若い人が「いつも2人で」を観た時に1回目の旅の12年前でも2回目の旅の10年前でも、そういう “自分と切り離された過去” のお話として観て欲しいんじゃなくて、どれかの自分に最も近い旅と今の自分を重ねて観て欲しいって思ってたんじゃないかと思うんですよね。

 だからこその “同じ1966年で起こる6回の旅” ってことになってるんだと…。

 うん、なんかやっぱり「いつも2人で」は凄い!素晴らしい!
 「いつも2人で」ってオードリーを好きになればなるほど評価が上がるみたいだし、見る度に感じ方が変わる、いろんな発見があるっていうのもスゴいですよね。
 もし最初に見て、あんまりわからないとか気に入らないとかあっても、オードリーファンならいつかもう一度見て欲しい、映画ならではの描き方の大大大傑作です!

 いや〜「いつも2人で」って、書いても書いても書ききれない事がいっぱいで…。
 凡庸な僕でも、いつか全容を掴みきれる日は来るのかな〜?って感じです。


※僕のもうひとつのブログ「オードリー・ヘプバーンといつも2人で」2014年11月10日の記事の一部に加筆訂正しました。


「尼僧物語」には2枚組オリジナル・サウンド・トラックCDがあります。作曲者はもちろんフランツ・ワックスマン。

 裏面に“FOR PROMOTIONAL USE ONLY -NOT FOR SALE”と書いてますので、プロモーション盤らしく、一般には市販されてないようです。

 なんと収録曲は全61曲!うち、最後の3曲はリハーサル時のボーナス・トラック。
 船がコンゴに向かうときの音楽のリハーサルでは、イマイチ音が深くなくて、まだ演奏者がどう演奏したらいいのか掴みきれていないテイクを聴けておもしろーい!

 でも、これ市販盤での22曲でも相当数の“フィルムではカットされた”って曲が多いんですから、61曲もあったらそりゃあもう多いです、映画で不使用になった曲!
 対比として、オリジナル・バージョンと変更後の曲、2つセットなのがやたらありますもん。

 こんなにいっぱい力作を作ったのに、差し替えられたり不採用の曲ばっかりだなんて、ワックスマンが怒るのも当然っちゃあ当然。

 でも、フレッド・ジンネマン監督が使いたくないのもわかる気がする…。ラストシーン用の、ハッピー・エンディング・バージョンとかあるし。ワックスマンはなんかこの映画の意図を完全に履き違えてると言うか…。

 確かに一般ピーポーの僕たちには、シスター・ルークが尼僧をやめてガブリエルに戻るのは、修道院の戒律を考えた時にハッピーエンドに見えるんだろうなーって思います。
 でもシスター・ルークの立場に立って考えた時には、必ずしもハッピーなんじゃないっていうのがわかるんですよね。

 もしこれをハッピー!と捉えてしまったら、この映画の価値が随分小さくなるような気がします。修道院を踏み台にして自分だけ成長したっていう単なる尼僧“批判”物語?みたいな。

 シスター・ルークのモデルになったマリー・ルイーズ・アベも、“もし「尼僧物語」をもう一度観たら、修道院に戻ってしまう!”って言ったと伝えられているように、決して修道院がイヤだったんじゃなく、不服従の戒律と自分のしたいことが全く相容れなかっただけ。

 だから“もう尼僧がイヤになったんです!”って還俗できてやったー!じゃなくって、もの凄い内面の苦悩があって騙し通せなくなったという、むしろ逃避としての部分も多い還俗じゃないかなーと。
 神と自分は騙せないから還俗の意思は固いけど、ラストシーンのガブリエルは全然嬉しそうでもない…。

 「噂の二人」だと、全体ではあんなに暗いのに、ラストは毅然と顔を上げて前へ向かって歩くカレンです。最後は微笑みすらします。
 でも「尼僧物語」は後ろ向きで歩いていくんですよね。顔は歩き出したらもう見えません。最後は右へ行くか左へ行くのか迷ったりもしている。

 そんなラストのオードリーににっこりさせなかったフレッド・ジンネマン監督の意図を考えた時に、これがはたして“ハッピー・エンディング”って曲付けでいいのか?って考えたら絶対違うと思うんですよね。

 実際、“なんでラストシーンに音楽がないんだ!”ってワーナー映画の総帥ジャック・ワーナーに言われた時も、“もし明るい音楽だったら、ワーナーは尼僧が修道院を出て行くのを祝っていると思われます。暗い音楽だったら観客は気が滅入るでしょう。”って言ったジンネマン監督の言葉を思い出せば、ハッピー・エンドというわけではない(バッド・エンドでもない)っていうのはわかると思うんですよね。

 だからいくら音楽的には優れていたとしても、映画「尼僧物語」には合わないっていう曲がいっぱいいっぱいあることになってしまいました。

 他にもシスター・ルークが列車でコンゴを離れる時の音楽(このCDでは2枚目の7曲目、市販盤での17曲目)も、ワックスマンのオリジナルはとんでもない悪夢のような音楽になってます。
 これを聴いたジンネマン監督がガブリエルのテーマに替えさせたというのも納得です。

 だから、ワックスマンのオリジナルよりも、変更後の曲の方が断然いいです!

 ワックスマンの思う「尼僧物語」の全容がわかるのはいいんですが、重く暗い曲が増えて、ますます通して聴きづらくなったサントラ。

 そうですねー、「戦争と平和」が今以上良くもならず、悪くもならずで、上映時間がさらに倍になったと思っていただいたら…。ね?通しで観るには勇気がいるでしょ?

 これを聴き終わった後には、気分転換に「パリで一緒に」や「おしゃれ泥棒」といった軽めのサントラをオススメします。間違っても次に「緑の館」とか選ばないでくださいねー(笑)。

※僕のもうひとつのブログ「オードリー・ヘプバーンといつも2人で」2007年8月4日の記事からの再録
DK12.jpg
 はい、またまたこちらでは長らくご無沙汰しておりました。

 今回は先日(2017/09/16)に行って来た大丸京都店での写真展“写真展 “オードリー・ヘプバーン 〜今よみがえる、永遠の妖精〜”とその時に行なわれたオードリーの孫娘エマ・ファーラーによるトークショーについてです。

 エマ・ファーラーを直接見れるというので、写真展はその日に京都大丸に行こうと決めてまして、阪急に乗って京都へ。
 阪急だと神戸からは直接京都へは行けないので、時間的にもちょうどだった阪急の誇る無料の特急“京とれいん”に乗り換えて烏丸駅へ。

 この特急、3・4号車が凄いんですよ!京町家のような作りのシートになっています。無料で乗れるのが信じられないくらい!
 詳しく知りたい方はこちら

 ちなみに阪急の綺麗さは全関西人の誇りだと思います。内装がいつもピッカピカ!阪急に勝てる所はないんじゃないかな。
 その日は土曜でしたけど、紅葉の季節にはまだ早いので、京とれいんはかなり空いてました。

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 さて、大丸京都店(関西人は大丸京都みせと発音するらしいです)に12時過ぎに着くと、とりあえず6階へ直行。
 事前に6Fの大丸ミュージアムで写真展、その前のスペースでエマ・ファーラーのトークショーがあることは問い合わせ済み。

 また、特別な招待客(おそらく京都大丸の外商の上得意様)以外は立ち見しか無いということも事前に聞いてたので、立って見るのに最適な場所を探しました。
 その3列あった席の周辺にはパーテーションポールも設置済み。

 周りに何人もいた関係者の方に訊いてみて、舞台の正面はプレスのカメラマンの人達が入るので、左右の方が見やすいですよと聞いて、舞台に向かって左手側(下手)に移動。
 ちなみに、僕が行った段階で既に5人ほどはもう来てました。

 それと、またこれも先に問い合わせてたんですが、エマのトークショーは14時からですが、13時からはオードリーメイクの実演みたいなのもその場で行なわれる事を聞いてたので、それも鑑賞。

 13時の時にはそこそこもう人も集まっていて、13時のショーでは席も自由に座れるみたいでしたが、もちろんそこに座るとエマの時には追い出されて場所が無いことになるので、舞台下手で立ったまま。

 僕の左手側には後におばあさんもいらっしゃったのですが、その方もエマを見るのが目的で、メイクショーの時もずっと立ったままでした。
 そして僕の右手側には前日から京都に前乗りして泊まってらしたセレブな東京の女性が。その方とは始まる前にお話ししましたが、朝イチから京都大丸にいらしてたそうです。

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 そしてメイクの実演が始まりました。バック・ミュージックももちろんオードリー映画のサントラ。
 モデルさんで来ていたのは、ハーフなのか外国人の方なのかはわかりませんが、そういう顔立ちの綺麗な女性。
 メイクさんよりは顔の大きさもひと回り小さい感じでした。登場した途端に女性からはわぁ〜!っと歓声が。

 そのモデルさんが着ていたのは、オードリーを意識したのか濃いグリーンの裾が広がったAラインワンピース。
 意外と小柄だったのは、日本人に合わせるためだと思います。

 メイクショーではおそらく「麗しのサブリナ」を意識したメイクの仕方を教えていましたね。
 オードリーの太眉と今の流行の太眉のことも言ってましたが、オードリーの太眉は実は結構描いてるんですけどね、って思ってました。

 メイクショーが終わって、席の総入れ替え。エマのトークショーが始まる頃には鈴なりの物凄い人が集まっていました。
 人垣は何重にもなっていて、先頭で立っていた僕はかなり申し訳ない気分に…。

 関係者の方から事前に、エマの写真は撮影出来ません!との注意が何度も言われていました。まあそうですよね。

DK52.jpg
 そしていよいよ14時に!
 エマ・ファーラーと日本版“ハーパース・バザー”の女性編集長が登場!その途端にわき起こる悲鳴のような歓声!

 エマは上は白のブラウス、下は黒のスカートでした。先ほどのモデルさんよりも背は高く、そしてなによりビックリしたのはその顔の小ささ!

 さっきのモデルさんはひと回り小さかったですが、エマは2回りは小さい!!
 僕が手を開いたより顔が小さいんじゃないかというくらい小さかったです!

 そのエマを見ながら、実際のオードリーもそれくらい小さかったのかなぁ〜などと思ってみたり。

 あ、エマに関してオードリーに似てる、そっくり!などと持ち上げる記事をよく見かけますが、ハッキリ言って全然似てませんから!

 エマはオードリーの血筋である父ショーンよりも、母レイラの血を色濃く受け継いでいます。
 それは母レイラの写真を見てもらえば一目瞭然。こちらの記事にショーンの画像の横に母の写真も載っていますが、エマと瓜二つなのがおわかりになると思います。

 まあでもエマがオードリーのDNAを持っている事は間違いないので、またお子さんとかにオードリーそっくりな子が生まれるかもしれませんね。

 …と脱線しましたが、舞台は臨時あつらえのもので、決して段がそれほど高いものではないので、エマが椅子に座った途端に一斉に “え〜〜〜っ!”とブーイングが。
 要するに後ろの人からはエマが見えなくなってしまったんですね。関係者が“見えなくて申し訳ありません”と謝ってました。

 エマは舞台上手(向かって右側)に座ったので、こちらからは顔が正面からよく見えました。
 常にニコニコ、ではなく、真剣に聞いているのか真面目な顔をしている方が多かったです。

 ただし “ハーパース・バザー日本版”刊行のいきさつなんかのお話なんかも多くて、意外とエマが喋ってる時間は少なめ。
 おそらくみんなの求めてるのはエマの話だと思うんだけどなー…。

 オードリーが祖母であるということがどういうことなのか、昔はよくわかっていなかった、ということを話していました。
 うーん、あんまり印象に残る話はなかったような…。

 そして “えっ、これだけ?”と思うほど意外と短時間であっさり終了。そしてプレスの写真撮影が始まりましたが、その最中に僕の斜め後ろにいた女2人組までスマホで撮影。
 事前にあれだけダメだといわれていたのに、撮影するなんて…とちょっと憤り。

 関係者に注意されてやめてましたけど、たぶん何枚かはエマを撮っていると思います。
 こういうマナーを守らない輩が “オードリーの大ファンなんですぅ〜!” とか言って欲しくないです。
 いくら綺麗な衣装を着てても、オードリーの精神とは全くかけ離れてますからね。

 エマは写真撮影の後、こちらの方をみて満面の笑み。そして退出して行きました。

DK42.jpg
 その後は写真展の方へ。
 事前に前売券を買っていた僕は、行列を尻目にさっさと通されて中へ。

 まあパネルを飾ってる所を歩く、といういつもの写真展なんですが、写真に付いているコメントを読みながら巡っていました。

 よく見る写真はぱっぱと進んで、あまり見ない写真をじっくり見て回るスタイル。


 でもコメントで残念だなーと思ったのは、たとえば「麗しのサブリナ」の時期に撮影された一連の写真の家の中は当時オードリーが借りて住んでいた家だったのに、そういうコメントは無し。
 太ももが見えてもオードリーだと全然イヤらしくない、とコメントは書いてあっても、その写真を見た母エッラが怒ったとかっていうエピソードは無し。

 主催者の誰かの感想よりも、実際の当時のエピソードなんかを入れた方がずっといいのになぁ〜と思ってました。
 感想は見る人がそれぞれ感じればいいことやん、みたいな。

 あと、気になったのはコメントで「昼下がりの情事」と送り仮名が “が” 入りで表記されていた事。
 「昼下りの情事」…オードリーの作品
 「昼下がりの情事」…日活ポルノ作品
ですからね。作品名は作品の顔ですから、間違えないで欲しいです。

 これは関係者の方に伝えておきました。もしかしたらその後変更されているかもしれませんし、大阪もそのままかもしれません。
 オードリーに詳しくない人が文章を打つと、たいがい “が” が入った「昼下がりの情事」になってます。

DK32.jpg
 そして、よく見るマーク・ショーの写真や見飽きたボブ・ウィロビーの写真に混じって、見たことの無い珍しい画像も。
 特に印象に残ったのは髪型からして1956年の「昼下りの情事」は撮影終了後の、1957年「マイヤーリング」辺りのオードリーがテレビでインタビューを受ける一連の写真がとっても珍しい!

 ただ残念な事にあまり写真が綺麗ではなく、全体的に暗め。
 なので僕の周りにいた女の子たちが “なんか…今までかわいかったのに、これはあんまりかわいくないね。” って言ってました。

 そうそう、その子たちは「麗しのサブリナ」撮影中のポニーテールのオードリーを見て、“これ私たちと一緒くらいじゃない?” “えー、もっと若いでしょ!17才くらい?” と言ってたので、そのオードリーは「麗しのサブリナ」撮影中の1953年のオードリーだから24才ですよ〜。って言いたかったです。

 ボブ・ウィロビーの写真は相変わらずでしたが、やはりここでも見たことのないものもあって、“ボブ・ウィロビーの小出し作戦発令中…”と思ってました。

 写真展を抜けると物販ゾーンがあって、写真集や小物類が大量に展示販売。
 オードリーのプリントされたクッションカバーやスカーフ、Tシャツに財布、コースターにマグネットに流行りのマスキングテープなどもありましたが、そういうのはあまり興味が無いので、一番写真が大量に載っていて、この写真展の図録に当たる写真集のみを購入。

 で、パラパラっと中身を見てみましたが…肝心の1957年の一連のテレビインタビューの写真が全くない!!

 こういうオードリーを知らない人が構成・編集した写真集ではよくありがちなんですが、別の写真集にも載ってる平凡な画像はたっぷり、その写真展だけの超レアな写真たちは全然載ってないという罠にこの写真集も陥っています。
 ああ、もったいない…。

 写真展を見終わると、今度は16時からオードリーの本を2冊書いている山口路子さんのトークショーが。
 その前に、僕のブログに来ていただいている方とお会い出来て、お話できました。
 そのトークショーも残って聞いてましたが、意外と(失礼!)山口路子さんのお話が良くて、オードリーの本も読んでみようかな?という気持ちにさせられるものでした。

 翌日は台風がくるという予報でしたので長居は出来ず、駅までブログの方とお話しながら帰りました。


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 今回はオードリーの画像を無料でウェブサイトやブログに使用出来る方法についてです。

 もちろん商用目的では使用出来ませんので、お店や商品のサイトやブログ(もちろん、お金儲け目的で別のサイトへ誘導するようなブログも)で使うと莫大な違反金が発生しますので、ご注意を。
 使えるのはあくまでも個人のブログなどに限られます。

 オードリーの画像の使用権利って、世界で一番高いとかって言われていますので、違反金は何十万〜何百万単位で発生しますよ。

 さて、個人でブログなどをしていると、“オードリーの画像を使いたいな…” とかって思うことがありませんか?
 でも世界で一番高い権利金が発生するオードリーの画像。とてもとても個人のたった1つの記事のために払えるような額でないことは確かです。

 日本では出典を明記して、なおかつ自分の書いた部分が多いときのみ “引用” という形で掲載が認められています。
 それが自分の物を撮影やスキャナしたものでもなく、他のサイトからパクりました…っていうのは2重に論外ですよね。
 
 僕には「オードリー・ヘプバーンといつも2人で」っていうオードリーグッズのブログがありますが、そのグッズを紹介するために、面倒ですが “自分で撮影orスキャナして、自分で加工” しています。
 その作業がめんどくさくて、記事を書くのが延び延びになることもあるくらいイヤな作業なんです。でも決して楽だからと人のサイトからパクって来て無断で載せたりはしません。

 こちらの「おしゃれ泥棒、オードリー・ヘップバーン!」の方は雑談が主体なので、極力画像は載せないようにしています。

 でも残念なことに、実際にはオードリーの画像を無断でパクって載せてるブログって多いですよね。
 海外でも日本でも文章などほとんど無く、オードリーの画像だけを次々載せているサイトがありますが、それは基本的には大きな違反です。
 オードリー子供基金(オードリーの子供のショーンとルカ)から訴えられたら、ひとたまりも無いでしょう。

 1990年代最後の方に、日本で最初期のオードリー単独のファンサイトで「Audrey Petite Galerie」がありましたが、管理人さんはオードリーのモノクロ画像をご自分でスキャナ&加工してカラー化してらっしゃいました。

 でも2000年代初頭で更新されなくなり、今は閉鎖されていますが、閉鎖された途端にその画像が無断で使用されてしまっています。
 今でもたまに見かけるんですが、有名なティアラを付けた「ローマの休日」のオードリーをカラーライズして、周りに銀色の額縁を付けたものです。

 他にも、ある方が「パリの恋人」のオードリーの有名な横向き画像にリボンを付けた加工をすると、その画像を無断で使っている人が今でもネットに多数…。

 僕も「オードリー・ヘプバーンといつも2人で」の画像がいつの間にか無断で使用されていることが何度もありました。画像だけでなく、「おしゃれ泥棒、オードリー・ヘップバーン!」の方のブログの文章をパクる人もいましたねー。

 びっくりするのは、そういうことをする人たちがセキュリティー会社の役職の人だったり、音楽家やモデルや文筆家や落語家やデザイナーなどのアーティスト系の人たちだったとき。
 またある時には “お金持ちの奥さま” という人もいましたし、メガネを売っているチェーン店の公式ブログだったこともありました。
 一番パクリをしてはいけないとわかっている人たちなのに、どうして??と思いました。

 最も悲しいのは、“自称:オードリーファン” や “映画ファン” にもそういうことをする人がいること(国内外問わず)。

 もちろん見つけた場合はコメントで “無断使用になってます” と書いて削除していただくのですけども、“申し訳有りませんでした” と言っていただけるとこっちも “いえいえ” となりますし、謝らずに無言で削除はそれでもまだいいのですが、中には数人逆ギレする人も…。その逆ギレしたのが皆 “自称:オードリーファン” でオードリーのサイトを持っているという人だった時は本当にガッカリしました。

 オードリーのファンなら、なおさらそういう人の物の無断使用とかして欲しくないです。見た目だけで美しいオードリーが好き!というより、オードリーが人の物をパクるかな?ってオードリーの精神こそ見習って欲しいなあと。



 
 さて、前置きが長くなりましたが、そんな “オードリーを載せたいけど高額な使用料は払えない、でも人の物を泥棒したくない!” って言う人のために、最善の方法があります!
 無料だし、合法だし、しかも手垢が付いてるような見飽きた画像でもないという方法が!

 それはゲッティ・イメージズさんが提供してくれているのですが、“ゲッティイメージズ 無料”で検索すると出てきます。
 あとは「オードリー・ヘプバーン」だの「AUDREY HEPBURN」だので検索すれば、見たことの無いような貴重な画像が大量に出てきます。

 作品名でも出てきますが、英文の場合は「"two for the road"」みたいに「 " " 」で括らないと、関係のない画像が大量に出て来たりします。

 気に入った画像の“このイメージを埋め込む”って所をクリックして、埋め込みコードを自分のブログにコピペするだけです。

 これで今まで誰も使用していないようなオードリーのレア画像を無料で自分のブログに載せれますよ!
 他人のブログやサイトからパクってくるなんてセコいことをせずに、正々堂々と載せれるのです。

 もちろん、オードリーの全画像が使える訳ではありません。
 主に映画会社が権利を持っているような有名な宣伝写真などは使えないようですが、撮影合間のスナップ的なものは使えるようです。

 さらにはオードリーとは関係ない画像が混じってたりもしますし、年度やキャプションの間違いも多々見受けられます。
 それに残念なことに裏焼きの画像も存在します。でもお金を払って載せるなら元の向きに替えてもらいますが、無料で使わせていただいているので、そこは目をつぶりましょう。

 あと、画像の加工とかは認められていませんので、サイズ・色・トリミング・変形・文字の追加など勝手な変更はダメですよ!それも莫大な違約金が発生しますからね!
 必ずゲッティイメージズさんの利用規約を読んで厳守してから使用してください。

 何十万〜何百万の画像が無料であなたのブログを彩ります!
 ゲッティイメージズさん、ありがとうございます!ですよね。


 最近映画館ではMX4Dや4DXというものが出てきました。
 今までの3Dに加えて、以下のことが体感出来るという物。

 MX4D
 ・前後左右上下のシートの可動
 ・噴射
 ・風
 ・水しぶき
 ・香り
 ・霧
 ・ストロボ
 ・首元への感触
 ・背中への感触
 ・足元への感触
 ・シートの突き上げ
 ・地響き 

 4DX
 ・前後左右上下のシートの可動
 ・エアー
 ・風
 ・ミスト
 ・香り
 ・
 ・フラッシュ
 ・
 ・


 オードリーの時代にはもちろんそんな物は無かったのですが、もしオードリー作品で4DXやMX4Dが出来るなら…というのを書いてみたいと思います。

 オードリーの作品って基本はロマンティック・コメディが多いので、4DXやMX4Dは不向きかとは思うのですが、その中でも一番4DXやMX4Dに向いているかな?と思うのが「パリの恋人」。
 なので第1回目は「パリの恋人」から取り上げることにしましょう。



 まずは編集長マギーが歌う “Think Pink ! ” の部分が最初になるかと。
 “なんでもピンクにチャレンジしよう!”と歌うシーンで、実際に映像に流れる所がありますが、そこでの最初の雨の中を車から御婦人が出てくるシーン。→もちろん雨。
 シャンプーのシーン→泡と水
 歯磨きのシーン→ミントの匂いと風
 ブランコのシーン→風

 場面は移ります。
 古本屋を見つけて入るシーン→古本の匂い
 ジョーの上がっているハシゴを動かすシーン→椅子を揺らす。ハシゴが止まるタイミングで急に止める。
 撮影シーン→フラッシュ

 ジョーが出版社を追いかけられるシーン→椅子を揺らす
 飛行機でパリへ!→シートをちょっと上に傾ける、風

 “ボンジュール・パリ!” のシーン→軽い風
 噴水→ミスト

 ディックがジョーを探しにバーに入るシーン(後半部も)→煙と軽いタバコの匂い

 ジョーの撮影シーン→全てフラッシュ
 さらに
 凱旋門→雨
 汽車のシーン→霧
 花市場→花の香り
 噴水前で鳩と一緒に→羽ばたきの時のエアー
 ルーブル美術館→風
 教会→森の香り

 ミス・クオリティ発表会でジョーとディックが幕裏で言い争っているシーン
 言い争い→椅子が揺れる
 噴水を倒してしまうシーン→水しぶき&椅子が傾く
 扇風機での風→風と地響き
 扇風機でVIPに水がかかる→風と雨と地響き

 フロストル教授のサロン→霧と軽いタバコの匂い
 教授がジョーを口説く→首筋に触る感覚
 ジョーが教授を殴る→椅子を急に落とす

 ファッションショー→オードリーが通る度にジバンシィのランテルディのような匂い

 飛行機前でディックと教授が会う→風

 教会の裏のラストシーン→森の匂い

 上記だけだとちょっと寂しいので、他にも階段を上がるシーンやオードリーが踊るシーンに合わせて椅子をリズムをとる、などもいいかもしれません。
 2015年の今年、「マイ・フェア・レディ」が4Kリマスターによるリバイバル上映&ブルーレイ発売となったので、過去の「マイ・フェア・レディ」との画質を比較してみることにしました。

 全て同じ55インチの液晶テレビに写っているものを撮影しました。ブルーレイ、DVD、LDは静止した状態で、ビデオは静止画にすると画質が著しく劣化するので、動いているまま撮影しました。

 変なモアレ状の筋が写っているのはカメラと液晶画面が干渉し合ったもので、実際の画面にはありません。


まずは今回2015年発売の4Kリマスター版。細かいディテールや壁紙、オードリーの表情もわかります。モアレの筋が写ってますが、実際にはありません。やはり大変綺麗!1080p
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2004年ワーナー発売、スペシャル・エディション版DVD。これも実際にはモアレは有りません。480p
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1995年レーザーディスク スペシャル・コレクション。400i ワイド版デジタル収録。かなり壁紙やオードリーの顔がわかりにくくなってきました。
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1983年初期レーザーディスク版 400i 4:3アナログ収録 実際にはモアレはありません。もうオードリーの表情はほとんどわかりません。
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1995年VTR コレクターズ・ボックス ワイド版240i。一瞬綺麗に見えますが、実際には95年LD版よりも画質は悪く、ビデオ特有の輪郭が曖昧でとろけそうな画質です。
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1983年TBS名作洋画ノーカット10週をビデオ録画したもの 4:3収録 240i。ビデオ録画特有の黄変が起こってます。輪郭はかなり酷く、色もにじんでいます。
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LDとビデオに関しては発売から20年〜30年も経っているので、既に劣化が起こっていると思われます。
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外から見たAUDREY HEPBURN CAFE

 さてめっちゃ重い写真集を持って、そのまま次は2駅先にあるという「AUDREY HEPBURN Cafe」へ行くことに。

 詳しい場所がわからなかったので、ネットに載っていた住所を元にネットで地図を検索して歩いていったのですが、途中のスーパーを越えてその場所にたどり着いても何にもない…。
 なんか草が生えていて、完全に空き地のような場所…。

 あれー、おっかしいなーと、もしかしたらスーパーの中に?とか再度スーパーを探索しましたが、そこにも無し。
 元々重い写真集がますます重く感じるという気分の中で、さらにその近辺を探しまわることに。

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 地図の検索で出てきたところの道の向かいに渡ってみて、そこにあった大きな大きなマンションの駐車場の入口にいた人に友人が英語で尋ねても知らないとのこと。

 その友人が尋ねてくれてる時に、マンションの入口に書いている看板?らしき物を見ると『ZENIS TOWER 101』って書いてあったのをチラっと確認。

 もしかしてもう閉店したのかな〜なんて思いながら、もう一度ネットでカフェの公式サイトの住所を確認すると、“ZENIS TOWER 104”って書いてある!
 おおっ、ここやん!って感じで、その大きなマンション群の中へ。

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 なんとそのマンション群、釜山でも、というか世界でも有数の超高層マンションで、wikiでみると世界で11番目に高いマンションだそうです。80階建て。

 というか、全体に釜山は日本よりも圧倒的に高い建物が多くてビックリしてました。
 日本だと地震があるので、ここまで高いマンションは作れないだろうなーみたいな。建物に被害は無くても、ライフラインが切れた時に50階に住んでます…とかだと、水とか配給されても持って上がれないですもんね(←阪神大震災経験者)。

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 途中に案内盤があって、101、102、103は載ってたけど、104があるだろう場所には特に何も書いてなかったのですが、そこだろうと見当をつけて行ってみると、友人が “あ、あった!” と見つけてくれました。
 カフェだから、僕はずっと1Fだろうと思っていたのですが、友人が見つけた “オードリー・ヘップバーン・カフェ” は2Fにありました。

 外は暑かったですし、歩き回ってクタクタ。やっと重い写真集を置ける!と思って入口から2Fへ。
 元々コーヒーは匂いは好きだけど、味が好きじゃないので、店頭に置いてあったポスターでススメてた涼しげなティファニーブルーのフローズンを頼むことに。

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 出来上がると呼んでくれるベルにもオードリーが。
 友人が持ってきてくれると、トレイに敷いてある紙にもオードリーがいました。ので、濡れないうちにさっさとその紙ははずして大事に持って帰ることに。

 ネットを検索するとコーヒーの味はそうでもないみたいなんですが、ここのそのジュースはめっちゃ美味しかったですよ!あっという間に飲んでしまって、追加で別の種類も飲んでみましたが、そちらはまあ普通でした。

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なぜか店の隅でアン王女がジェラートをなめていました(笑)


 店員さんに訊いて、店内を撮らせていただきましたが、こんな感じです。
 店内は本を読んでいる人が多かったですね。店に備え付けの本の中にはオードリーの写真集もありました。

 その後は晩ご飯を食べる為に海雲台や金連山の方に行きましたが、途中ずっと写真集を持ち歩かないといけないので、重くて指が痛くて(ビニール袋が伸びるので)大変でしたが、なんとか歩き通し、ホテルに帰り着いた時にはグッタリでした。

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 でもホテルは日本語の出来るスタッフも居たし、まだ新しいホテルだったのでエレベーターは新品の匂いがしたし、部屋も清潔感溢れるところでした。
 おまけに心配していた日本型のコンセントもあるし、ホテルは予約の際からウォシュレット付きだったし、とても良かったですよ。

 翌日は少し釜山の街中を観光して、日本に帰りました。オードリー展に関してはちょっとガッカリでしたが、友人と一緒だったので全体では楽しい旅行でした。

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「BEAUTY beyond BEAUTY」展入場口前の大看板

 夏の盆休みを利用して、友人と共に韓国釜山での「BEAUTY beyond BEAUTY」展に行ってきました。
 今回はそのレポートを。

 まず関空から飛行機で釜山へ。
 釜山はボーディング・ブリッジではなく、タラップで外に降りてからバスに乗ってターミナルへ行くパターン。

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映画の殿堂前ののぼり

 で、韓国に降り立って最初に気づいたこと。うっ、空気がなんかにおう…。
 友人に“なんかにおわへん?”って言ったら、“キムチのにおいやと思うよ。”とのこと。
 うん、確かに!キムチのにおいや!

 僕はめっちゃ鼻がきくことで親戚や友人との間では知られてるんですよね。
 で、屋外だというのにキムチのにおいがするってことは、やっぱりこういう国ごとのにおいってあるんかなーって考えちゃいました。

 “じゃあ日本は昆布だし、鰹だしみたいなにおいがするのかなー。”とか友人と話ながら歩いてました。
 この日はホテル内以外、道のどこででもこのキムチのにおいというのを感じてたんですが、その日の晩ご飯に自分たちが韓国料理を食べたこともあり、翌日帰る頃にはにおわなくなってました。人間の鼻の慣れって早いなーなんて思ってました。

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映画の殿堂入口

 それと、空港の男性トイレで韓国の人が忘れたパスポートが置いてありました。
 これは忘れた人めっちゃ困ってるんじゃないか??と思ってインフォメーションに届けようとしたら、途中で2人連れのポリスマンが。
 そこで僕は日本語しか話せないので、英語の出来る友人が忘れ物です、って話してくれて無事渡すことが出来ました。

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入口にあったオードリーの看板

 ホテルでキャリーバッグを預かってもらって、早速センタムシティにある “映画の殿堂” へ。
 道中、日本と同じでめっちゃ暑かったです。湿気も高くて、ハンカチなしではいられません。
 でも一歩室内に入るとめっちゃ冷房が効いてるんですよね。節電節電って言われる前の日本みたいでした。
 あ、でも駅は空調のみで冷房が無くて暑かったです。

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入口を入ってすぐに貼ってあった展示会のポスター

 で、映画の殿堂の「BEAUTY beyond BEAUTY」展に着きました。韓国だけのオリジナルのオードリー展。
 釜山では2015.05.09〜9.06までですが、その前にソウルで2014.11.29〜2015.03.08までやっていたんですよね。

 お隣とはいえ海外旅行だし、今の日本と韓国の関係を考えたらまぁ行けないかなーと思っていましたが、同じオードリーファンのmengさんにソウルでの写真を見せてもらったら、かなり大掛かりな展示会だったので、“めっちゃ行きたい!”って思ってたんですが、今回一緒に行った友人のおかげで急遽行けることになったんですよねー。

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衣装の垂れ幕。これは絵です

 入場口前にはオードリーの衣装の大きな垂れ幕が!
 その向かいにはオードリーの大きな画像もありました。
 入る前からめっちゃ期待!

 で、入口にオードリーグッズの売り場があったのですが、友人が “入る前に買ったら重いよ。” と言うので、そりゃそうやと思ってチケット売り場へ。

 そこでは音声解説の貸し出しもあったんですが、当然韓国語なので、それは借りずに、その解説の日本語翻訳版の冊子が売ってたので、それを買いました。1冊1000ウォン(約110円)。他にも英語版と中国語版が売ってたようです。

 そこの受付には日本語の出来る女の子もいて、とても親切でしたよ!なので、その方からチケットを買い、説明を受けて中へ。内部の写真撮影はダメとのことでした。

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画像の大パネル。グッズ売り場と入口はこの左

 写真が撮れないのでどんな感じかというと、壁にパネルでずらっと画像が展示してあって、そこに韓国語で説明文も載っていて、ずっと歩いていくというもの。
 オードリーの先祖の写真から始まって、オードリーが赤ちゃん〜子供の時、イギリス時代、そしてハリウッド時代、晩年というふうにずっと展示してありました。

 オードリーには特に興味が無い友人に説明していたんですが、普通の声だったんですけど、僕の声は昔からよく通ると言われている上に(小学校時代にも、隣の席の女の子と授業中にヒソヒソ話してたんですが、先生に“あんたの声はよく通るから丸聞こえよ!”って注意された…)日本語なのでちょっとうるさかったらしく、受付の日本語の出来る女の子がやってきて、“どうかお静かに” って注意受けちゃいました。
 なので、その後はずっとヒソヒソ声で説明していました。

 途中にはちょっと暗いゾーンや部屋があって、そこではオードリーのプライベートな映像(アンドレア・ドッティとの結婚式、ルカを抱くオードリー)やオードリーのハリウッド時代の映画をずらっとちょっとずつ繋いだ物、ユニセフでの活動とインタビューがずっと上映されていました。

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映画の講演会もあったみたい。そのポスター

 …とかって歩いていくと、晩年の(裏焼き)オードリーの大きなパネルが出てきて終わり。
 そこにある幕を上げて外へ出ると、えっ、元のグッズ売り場???

 えーーーーーーーーーっっっっっっっっっ!!!!!!

 まじでコレで終わり????

 いや、mengさんに見せてもらったソウルのとは全然違うやん!
 確かオードリーの衣装やグッズやアカデミー賞のオスカーが展示してあって…って全然無いやん!!

 以下3点の画像はソウルでの「BEAUTY beyond BEAUTY」展の画像をmengさんに送っていただいた物です。
 (mengさんから画像の掲載の許可ももらっていますが、著作権はmengさんにありますので、無断転載はやめてください。)

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ソウルでの展示会。豪華!©mengさん


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ソウルでの展示会。羨ましい!©mengさん


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ソウルでの展示会。いいな〜!©mengさん


 2004年〜2005年の日本での “timeless audrey” の時もそうだったんですが、東京や熊本は11のブースで展示してありましたけど、大阪などは会場の大きさの都合で10個のブース、札幌では8つ、最低の京都では7つしかブースがなかったりしましたが、やっぱり首都じゃないと完璧じゃないのかなーってちょっと地方都市の悲哀を感じました。

 さて、落ち込んでてもオードリーの衣装など無い物は無いので、グッズの売り場へ。
 絶対買う!と決めていたのは、この展示会の図録というか写真集、「AUDREY HEPBURN:BEAUTY beyond BEAUTY」。
 これは店で売る本の扱いではないので、アマゾンなどでは売りに出ないんですよね。行った人だけが買える超貴重な1冊。

 これを買って他にもグッズを見てみました。
 タンブラーやノートみたいなのは興味ないのですが、気になったのはCD。箱には“ORIGINAL SOUND TRACK”って書いてる。
 でも裏を見ると映画の音楽じゃない。これはこの展示会用の音楽なんだね、みたいな。
 うーん、いらないかな、と思いましたが、友人が記念やから、と言うので、まあそっか、と思ってコレも購入。

 で、写真集を渡されましたが、おっ重い!!!
 サイズもやたらデカいし、これはちょっと…みたいな重量とサイズ。
 入れてくれたのは紙袋ではなく普通の本屋でもらうようなビニール袋だし、重さでビニールの持ち手用の穴が伸びて痛い!

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映画の殿堂の別の場所にあった看板

 この後、2駅先のオードリーカフェに行く予定だったんですが、あまりに重いので、友人が“先にホテルに戻って置いてから行く?”と訊いてきたほどの邪魔さ加減。
 しかも友人はこの写真集のせいで、帰りの飛行機への預け荷物が重量オーバーするんちゃうかと心配し始める始末。

 これ、本の装丁した人アカンでー。
 韓国発で初の本格的なオードリーの写真集やから張り切ったんかもしれんけど、やり過ぎ。
 B4くらいの大きさでハードカバーって、これ何kgあんねん!みたいな。
 こんな重くてかさばるもの、女性は持って歩かれへんで。
 買う人少ないやろなーって思う重さでした。

 その時僕らが2冊買いましたが、どうやらそれが最後の2冊だったらしく、それで完売になりました。危ない危ない!
 値段も本来は70000ウォン(その時のレートで約8200円)が最後の叩き売りで20%OFFの56000ウォン(約6500円)でした。ラッキー!(重いけど…)
 タッチの差で買えて良かったー!(めちゃくちゃ重いけど…)

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映画の殿堂の一部。大きな建物で映画館も併設

 で、ちょっと映画の殿堂の他の部分を回ってから駅へ。
 外がめっちゃ暑いので、途中にある新世界百貨店に入って地下でフレッシュジュースコーナーを見つけて飲んだんですが、その時のドラゴンフルーツ&パインのジュースが美味しかった〜〜〜!今まで飲んだジュースでもトップの美味しさでした!

(つづく)
84.オードリー・ヘップバーンに関するデマ その8:ダイアナ・メイチックの伝記

オードリーは自伝を書きませんでした。決して書こうともしませんでした。
というのも、人間は1人で生きているのではない、どうしても他の人の事まで書かないといけないから、ということで、他の人の暴露的なことまで書いてしまう自伝を良い物とは思ってなかったようです。

自伝は文字通り“自分で書く伝記”なのですが、それが無いオードリーには、他の人が書いた伝記がたくさん存在します。(なぜかネットで自伝と伝記を一緒だと思っている人がいる…。全くの別物ですよー。)
そしてそのうちいくつかは日本語にも翻訳されています。

内容は本当に色々で、オードリーの本当に近しい友人などにインタビューしたもの、当時の映画会社の資料を調べたもの、オードリーの家系を調べたもの、単に既存の伝記を寄せ集めたようなもの、オードリーへの愛情が感じられるもの、感じられないもの、など、さまざまです。

これだけたくさん、いまだに出ているという事は、オードリーは今でも “お金になる” んでしょう。
そこに目をつけた、金儲けだけのために書かれた伝記というものも残念ながら存在します。

その中で、決定的に世の中に害悪を垂れ流しているオードリーの伝記があります。それが
ダイアナ・メイチックの伝記!

これが日本で発売された1994年当時の本の帯のキャッチコピーを見てみましょうか。

《死を予感したオードリーが全人生を語り尽くした!! 最初で最後のヘプバーン公認の評伝》

この本のウリは、オードリーが実際に会ったり電話したりで、この著者のインタビューに答えて語った、ということでした。

もちろんそしたらどの伝記よりも信頼度が増しますよね。
この本だけで語られている事もたくさんありました。

それまではチャールズ・ハイアムの伝記に基づいて書かれていたオードリーのことは、この本の出版と共に、一気にこの本を参考として書かれる事になりました。

でも、内容はオードリーらしからぬ発言が多々出てくるんで、最初に読んだ当時から“おかしいなぁ…。”という感じはしたんですよね。

オードリーって、一緒に仕事をしたスタッフたちの苦労を思って、決してどの作品も悪く言わない人だと言われてたんですよね。
でもそんなオードリーが“あの作品は最低だった。”とかって発言をしてる。
今までのオードリーの言動からはかけ離れてたんですよね。

それまでのオードリーファンなら、なんか根底に流れてるオードリーの性格が違う、というのを感じるんですよね。ここで描かれるオードリーは、オードリーの顔をした別人。

すると!1998年に出たバリー・パリスの伝記の最後の方に、このメイチックの本を読んだ息子ショーンや最後の恋人ロバート・ウォルダーズが激怒し、メイチックを訴えた事が書かれていました。

なんと、ダイアナ・メイチックがオードリーと会ってました、とか、電話でインタビューしました、という日にちと時間は、その時の電話の記録、オードリーが実際に何をしていたかというウォルダーズがメモしていた記録を調べると、オードリーはユニセフの活動で家にいなかったとか、病気で臥せっていて、電話出来る状態ではなかった、また実際に電話していた記録も無いというのが次々に暴かれてしまいました。

ということで、この本は嘘にまみれた、金儲けを企んだ作者の、いい加減な最低最悪な本ということが世間にバレてしまったんですよね。

実際、この本が嘘っぱちだということがバレると、本の内容がおかしな件がいっぱい出てきました。

オードリーが自分の本名を“エッダ”だといっていたかのような発言、ショーンの誕生日は7月なのに1月になっている。オードリーは拒食症、などなど…。

「ティファニーで朝食を」を久々に見たオードリー自身の反応も(オードリーはプレミア以降、自分の映画はほとんど見ない)、ロバート・ウォルダーズに言った言葉は、笑いながら“なかなかいいじゃない?”だったのに、このメイチックのデタラメ本では“これで良かったのか自信が無い。”と言った事になっている。

初公開時くらいにオードリーが自信がない的な発言をしたという話もありますが、このダメ本でメイチックがオードリーにインタビューした(←嘘)という晩年ではあり得ない!
ということは、メイチックは昔の雑誌とかに書いてあったことを持ってきて、さも最近インタビューしたように書いたという事が完全に露呈してますね!

というわけで、この本だけに載っていることは、ほぼ全てメイチックの妄想。
あとは他の伝記から寄せ集めただけという、トンデモ本!!!

アメリカのアマゾンでもこの本は当然のごとく叩かれまくっています。
たま~に事情を知らない勘違いな人がお勧めしてたりするんですが、そういうのは参考にしちゃダメですよね。

一度でもこの本を読んでしまった人は、オードリーの事を書く際に “この話は本当なのかな?”と思って、メイチックの本を確認する、他の伝記も確認するという二度手間以上の労力を割かれてしまう事になりました。

僕も、オードリーのことを書く時には、メイチックのに載ってなければOK、載ってれば他の全ての伝記を調べて、他のに載ってなければメイチックのデマとして扱う、ってことになって、本当にメイチックの呪縛から逃れられません。

今からオードリーの事を調べる人は、ダイアナ・メイチックの本は決して決して読んではいけませんよ!
あ~、読んでない人が羨ましい!!!

それに、あなたがメイチック以外のオードリーの伝記を読んでいて、それらに載ってない事がオードリーのこととして書かれている場合、メイチックの嘘を基にしたことが紛れ込んでいる可能性がありますので、要注意です。

ところが、この本の発売時のキャッチコピーのせいで、未だにこの本を参考にオードリーのことを書く記事や本が後を絶たず…。

バリー・パリスの伝記が発行された1998年以降に書かれた文章では、メイチックの本を参考資料に決して使ってはいけないことは当たり前なんですが、映画関係の仕事に就いている人が、それ以降もメイチック本を参考に書いていたりして、本当にビックリします。

中には、斜め読みで済ませてしまったのか、バリー・パリスの本を読んでいながらまだメイチックを使う人も…。

ネットでも事情を知らない人が未だにこのダイアナ・メイチックの本を薦めたりしてますが、決して決して買って読んではなりませんよ!!

ちなみにバリー・パリスが出るまでの97年までにメイチックを信用して書いた文章は、当時は世間的にオードリーが言ったという事になってしまったのでまあ仕方ないです。
でも98年以降にこのメイチック本を参考資料にして書いた本は、完全にアウト!です。
それらの執筆者はプロとして原稿料と印税をもらってオードリーのことを書いているのに、きちんと調べていない!ということになりますもんね。

以下に98年以降の発表でメイチックを基に書いてしまっているダメダメ本を列挙しておきます。
これらは“嘘が混じっている”ということで、オードリーに関して調べる際に、注意するか避ける事をお勧めします。

●吉村英夫氏「誰も書かなかったオードリー」(2001)
●清藤秀人氏「オードリー・ヘプバーン98の真実」(2007)
●伊上 冽氏「オードリーを愛した名監督たち」(2007)
●山下典子氏「スクリーン+プラス vol.18」(2009)

[追記]
●福田和也氏「世界大富豪列伝『蕩尽の快楽』第125回 オードリー・ヘプバーン」(『週刊現代』2015年5月30日号:しかもこれはメイチックに次いでヒドいメイエ=スタブレの伝記も参考にしています。)
[追記ここまで]

“スクリーン”の近代映画社の本が多いですね。
メイチックがデタラメと息子たちに訴えられた件は、清藤さんの本が出た際にスクリーン編集部に電話したのですが、その後の出版物でも続いていますね。
せっかくオードリーに優しい“スクリーン”なのに、中身が嘘なんて本当に残念です…。

なお、オードリーに関しての第一人者の清藤秀人さんにはきちんと伝わったのか、その後は決してメイチックの本は参考資料でお使いになっておられません。
でもきっと清藤さんもメイチックの伝記にはその後も苦しめられていると思いますよ。これって本当の事だったっけ?それともメイチックのデマだったっけ?みたいに。

ウィキペディアでも参考文献にメイチックが未だに載ってたりしますが、本当にやめて欲しいです。
ここを読んでいただいた方は、絶対に絶対に参考になんかしないでください!

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